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 これはこの僕――つまり宇佐美瑛斗が、十四歳の誕生日を迎えたころの話だ。

 当時の瑛斗は、ネットでなら誰にも負けない最強のネット戦士だった。

 彼は重度のネット依存者ではあったけれど、一方でリアルの友達も多く、ネットを駆使してリアル側のコミュニケーションも充実させていた、類い希な才能を持った少年だった。

 言い訳するつもりはないけれど、当時はそういう時代だった。〈怪獣の日〉からの復興が一段落したとはいえ、皆が家をなくし、他人との繋がりを奪われていたのだから。

 瑛斗が中二病アカウント・篁牙院リュウヤを演じて『叛旗のシュヴァルツソーマ』第一章の連載をスタートしたのは、彼が中学二年になってすぐのことだ。

 実際の彼は、物語の創作に一ミリたりとも興味がなかった。小説を書いたのも、完全に見よう見まねだ。ネットで様々な素材となる文章やキャラクターや設定を拝借した。それらを巧みに組み合わせて、ネットでどんな物語がいかに〝受ける〟のか研究した。

 〝受ける〟というのは「ネットで面白がられる」という意味だ。

 ネットで面白がられるネタは注目され、拡散し、負の感情を集め、そして炎上する。

 瑛斗ほどの情報強者なら、ネットの炎上すらコントロールできた。嘘を見抜けない愚かな情報弱者たちが、自分の手のひらの上で踊り続ける。素晴らしい全能感だった。

 そんな歪んだ価値観の世界に、このころの瑛斗少年はいた。

 ネットは情報を統べるエリートこそが正しい世界。瑛斗は炎上を意図的に引き起こすことを狙って、シュヴァルツソーマなる中二病小説を〝受ける〟ように創り上げていった。

 彼の思惑通り、シュヴァルツソーマは当時ネットで連載されていた小説の中でも、ネガティブな意味で名の知れた存在となった。

 ネットでの評価は散々なもの。「文章が痛い」「キャラが痛い」「設定が痛い」「作者の態度も痛い」「作者は天然の邪気眼中二病患者」などのコメントが飛び交い、災害後の日々を持て余していたネット住人たちの暇つぶしの種になってくれた。

 すべて彼の思惑通りだった。

 でもシュヴァルツソーマの第一章が完結したころ、瑛斗は既に小説を書くことに飽きてしまった。

 当初の目的はもう達成した。小説ではない、次の新たなエサを仕込んで、ネットをもっともっと騒がせて面白くしてやろうと企んでいたからだ。

 だから第二章が遅れたペースで始まった途中で、瑛斗は遂に連載を放棄した。

 そして同じ時期、瑛斗は報いを受けることになる。過去に行ってきたネットでの悪行やイタズラの数々が、リアルの友達にバレてしまったのだ。

 自業自得、因果応報、自縄自縛。宇佐美瑛斗は周囲からの信用をなくし、すべてのリアルから絶縁宣言を受ける結果となった。

 彼がその絶望に打ちひしがれ、己の罪を初めて悔い始めたころのことだ。シュヴァルツソーマに、本当の意味での読者が付いたのは。


【はじめまして、リュウヤさん。僕は――といいます。連載の続き、楽しみにしています】


【リュウヤ、高校受験で執筆やめちゃったの? ガッコ受かったら戻ってこいよ?】


 ネット越しに、少しずつ反応が返ってきた。

 多くは励ましのメッセージ。知らないどこかの他人からのものだった。


【リュウヤ、一章はなかなかイイできだったのに、一ヶ月放置とか喧嘩売ってんの】


【一番気になるとこで連載放置してんじゃないよ。生殺しかよ。夜眠れないだろ】


【書けもしないくせに連載はじめたヘタレ。広げた風呂敷をたためないクズ】


【死ね。氏ねじゃなく死ね】


 ある一部の読者氏なんて辛辣だった。当然、瑛斗が自分で蒔いた種だ。


【はよ続き書けヘタレ童貞。ちんたらすんなハゲ】


 その辛辣な一部読者氏から、ひどい「粘着」を受けた。ストーカーじみていた。

 その辛辣な一部読者氏はネットではH.N.「ジュリ」と名乗る、どこかの中学生だった。

 さすがに瑛斗もキレた。彼が演じる「リュウヤ」はジュリとネット越しにしばらく煽り合って、互いに相手の喧嘩に応じ続けた。

 買った喧嘩に負けないためには、ネット越しにジュリと戦い続ける必要があった。

 その戦いは言葉ではなく、いつしか物語を通じて行われた。連載が中断されていたシュヴァルツソーマは、この時ようやく新しい物語を紡ぎ始めたのだ。

 これから先は釣り小説などではない、篁牙院リュウヤとしての本気の筆致を見せるターンだと決意した。友達をなくし、リアルから取り残された空虚さを埋めるかのように、自分の全てをそれに注いだ。

 そうして季節は巡り巡って。

 いつしか彼の友達と呼べる存在は、ジュリと名乗る〝彼女〟ただひとりになっていた。


【――リュウヤあんたさ、あたしにナイショで裏アカウントつくってんだろ。教えろ】


「やだよ。なんでおまえに見せなきゃなんねえんだよ。俺の内輪用だよ、内輪用」


【だってあんた、友達いないじゃん。SNSばっかやってないで、新しい小説の連載でもはじめりゃいいのに】


「今さらそんなの書いてどこにどんな需要があんだよ……」


【あたしが読んであげる。なんなら、一万文字くらいの感想を直筆であんたの自宅まで送り届けたげるよ!】


 それはこわすぎる、と呆れてしまった。自分を内を見透かされてるようで、でも彼女相手にはさすがの彼も強くは言えなかった。

 彼女に絶対に勝てない理由があった。

 ジュリは、瑛斗よりもうんと弱っちい人間だった。仲良くなってから教えてもらえた話だと、彼女は生まれつき身体が弱いらしい。日常生活に不自由があるのだと聞いた。

 身体の弱さは、すぐ心の健康へと伝播する。何度も何度も彼女の弱い一面を目の当たりにさせられて、いつからか瑛斗は彼女を放っておけなくなった。辛くて、彼女から目を背けることすらできなくなってしまった。

 最後に彼女と話したのは、中学最後の夏休みのこと。


【あたしさ、決めた! ちゃんと前に進むよ。前に進まなきゃ、何も変わらないもんね】


 体調を気にして高校には進学しないと諦めていた彼女だったけれど、瑛斗はそれでは変われないと、その背中を強く押したのだ。

 それが正しかったのかどうか、今でも自信がない。でもあの時、前向きになったジュリがネットを断って新しい世界に一歩踏み出したのを、瑛斗は確かに見届けたのだ。


【ありがとうリュウヤ、あたしがんばるよ。じゃあ、またいつかね――】


 これが僕、宇佐美瑛斗の体験した、青春期の光景――――――――


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