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それから僕は、たくさんのことを大人たちに話した。大人たちにたくさん聞かされた。
一夜明けた時点ではまだ被災者の救助活動が続いていて、住民の避難が終わったはずのこのエリア一帯も救助隊やヘリの往来でただただ賑わしかった。量子崩壊の再発を懸念する声も聞こえていたけれど、今のところ警報は落ち着いていた。
ただ、未だにイ界は閉ざされたままで、協会の人たちに解決策は見つけられていない。イ界に行けなければ、魔術師は魔法を使えないただの人間でしかないからだ。
その唯一の突破口が、空想魔術。
けれども協会の大人たちは全然違うことを考えてるみたい。
僕は彼らに話すだけ話したあとは、掃除や食材調達なんかの雑用を押し付けられただけ。
それどころか僕はエソライズムエンジンまで外されてしまい、検証用とかで七月先輩が協会に渡してしまった。
そうして協会の人たちのところに行った先輩は、昨日から一度も戻ってきていない。
そのまま日が暮れて、僕にも見張り役の当番が回ってきた。
ダアト緊急対策本部のあるこの雑居ビルが、ダアトに襲撃される可能性もあるからだ。よりによってこの状況で魔術が封じられてるおかげで、奇襲には人力で対抗するしかない。
僕は同じ見張り役の九凪君と肩を並べて、屋上から周囲を警戒していた。
このエリア一帯は大規模量子崩壊の直撃は免れてはいるけど、ここから見下ろした夜景はさながら廃都市と言った様相だ。
「先輩、結局今日は戻ってこれなさそうな雰囲気だね……」
「……ああ」
彼は上の空なまま落下防止フェンスに指を絡め、人通りもないビルの下を眺めている。
「僕、ここではもうお荷物状態なのかな……」
「……もう荷物かどうかなんて関係ねえだろ。この激動の中でどう生き延びるか、だ」
僕たちふたり、語り合う話題も尽きて、今朝から終始こんな感じだ。
「そういえば九凪君さ。昼間に左内さんと話ができたんだよね?」
「話したっつっても、昼メシを一緒に食って、あといくつか報告したくらいだ」
こんな緊急時だもの、左内さんはとっても忙しい人と化していた。日中は他の大人たちとともにビルから出たり入ったりで、陽が落ちたあともどこにいるのかわからない始末。
僕が放置プレイ気味な理由も、協会で親身になってくれる大人が左内さんくらいだから、って実情がある。
「例の件――話題の魔女っ子Ⅴについて、何か新着情報を教えてもらえた?」
それは、ずっと気になっていたことだった。Ⅳさんの娘さんだっていう魔女Ⅴがどんな子で、果たして今どこにいるのか。
「居場所は左内センセも知らねえって。その子、元々母親んとこから家出してたらしいんだよ。でも捜索願も出してなくて、母親自らがあちこち探し回ってたって話だ」
「ダアトもⅤを狙ってるんだよね。なのに、どうして家出なんかしたんだろ」
母親と娘が不仲だったと仮定しても、さすがに無鉄砲すぎる。
「わかんね。娘ってのはまだ小六らしいから、たぶんな、分別つくトシじゃなねんだよ」
「……九凪君も小さいころから、魔術師の世界で生きてきたんだよね?」
ふと、以前聞いた彼の過去のことを思い出してしまった。
「ああ…………それは、まあそれだ。俺だって当然ガキだったし、分別ついてなかった。だから色々無茶やって、左内センセにもさんざ迷惑かけまくってたさ……」
そう言って夜空を仰ぐ彼に、脇からは何も言えなくなってしまう。
「そうそう、スルールカディアの魔女の屋敷はもぬけの空で、戦闘の痕跡もあったって、協会の上の連中が話してた。俺らが関わる前からあの母娘とダアトは抗争中だったのさ」
手の及ばない、遠い場所での出来事。片や僕らは堂々巡り。溜息をつくしかない。
「何かできないのかな……せめて僕たちでⅤを保護できたらって思ったんだけどな……」
ふと、こんなイメージを描いてみる。銀色の髪にオレンジの瞳、母親の面影を残す、ちょっと生意気そうな顔つきの女の子。幼き魔法少女ストヴァリカーニャ・スルールカディアⅤ世。一人称は「わらわ」、語尾は「のじゃ」で決まりだ。
「うわー。そんな子、いたら確実に目立つのになぁ」
「おいおい、どんな妄想してんだよ、宇佐美……」
母親と同じで、街なかを歩いてたらきっと注目を浴びる。
そこで閃いてきた。
「そっか。ということは、Ⅴは小学生だから、周辺の避難所を巡って父兄を当たれば、何かしら足取りがつかめる可能性が高いかも?」
「……そうしたいのは山々だが、勝手に出歩けるもんなら最初から動いてるっての」
問題は、まだ外は危険だからって理由で、僕たちが自由に出歩けそうにないことだ。
「はぁ……結局は何も進展なし、雑用ばかりで日々は過ぎ去ってゆく……」
要するに僕たち、実質軟禁状態。七月先輩が戻ってこない理由もそれなんだと思う。
「これは想像なんだけどさ、七月先輩が戻ってこれない理由……空想魔術が協会側にとって最後の切り札になるからだと踏んでるんだ」
「切り札? あの七月絵穹がか?」
「うん。だって、昨日の先輩自身が最たるその実例じゃない。空想魔術がダアトのイ界封じを突破できるから、協会の人たちは先輩と一緒に何か新しい作戦を練っているとか」
「それで七月が特別待遇されてるって? でもおかしくねえか、宇佐美抜きでなんて」
理屈は通ってるから、とりあえず首肯する。
「だってさ、僕なんかよりもずっと相応しい記述者が協会内部から見つかる可能性だってあるじゃない。僕はお役御免になったとして不思議じゃない」
「それ、おかしいだろ。前に七月が言ってたぞ。空想魔術ってのは、大人には使えない、自分らだけの特別な魔術体系なんだって」
「えっ……年齢制限なんてあったの!?」
そしたら九凪君、愕然とした表情を一瞬見せたあと、めっちゃ睨んできた。
「空想魔術は、純粋なイマージュを描ける少年少女こそが唯一の適合者とされる。大人のドス黒い願望を具現化させることは万が一にもあり得ない。だからあの女、躊躇いなくエンジンを渡したんだろ。協会の大人たちに利用なんてされないって確信してたから」
「そっか。先輩、そこまで考えてエンジンを作ったんだな」
そういえば以前にもエンジンには悪用を防ぐ安全装置がどうのって言ってた気がするし。
「宇佐美……お前さ、マジでなんも知らねえ一般人なんだな。さすがに困惑したわ……」
「……あはは、九凪君はやぱり本物の魔術師なんだなあ」
「な、なんだよ唐突に。気持ちわり……」
九凪君は強い。虚勢でもなんでもなく、昨夜から――いや僕と出会うずっと前から、きちんと前を向いて、胸を張ってこの舞台に立ってる。
「僕はさ、これまで何度か心が折れそうになっちゃったから」
正直、後悔していた。自分はこんな力が欲しかったわけじゃない。好き好んでこんな騒ぎに巻き込まれたくなんてなかった。
――あんな辛い場面を見せつけられるくらいなら、出会うんじゃなかった。
うっかり気を抜くと、心の中でネガティブ思考がまたループし始める。なのに、ここから逃げ出す行動力もない。親しくなった人がいなくなった割に、実はそこまで落ち込んでいない自分はもしかして軽薄な人間なのかと逆に怖くなる。
互いに矛盾し合う、複雑な感情。情強ネット戦士だった過去の自分の方が、真っ直ぐな拗らせ方をしてた分、まだわかりやすいくらいだ。
九凪君から、どこか怪訝そうな表情が返ってくる。
「もう大丈夫だよ。いつまでもうじうじしててもしょうがないもんね」
「そっか。ならよかった。うじうじしたまんまだったら、蹴り倒してやるところだった」
「えへへ。あとは、これからどうしたらいいのか。自分に何ができるのか、考えては悩んで、迷ってるんだ。大人に言われるがままに、ずっとここで待ってるだけじゃ駄目だろうなって」
九凪君が掴んでたフェンスを離す。金属製の網が震え、端まで伝播していく。
「そんなの迷うまでもねえじゃん――――――――七月絵穹に応えてやれよ」
九凪君の突き付けた答えは、あまりにもシンプルなものだった。
「おい、なんだよそのあほづら。お前ら二人って、そういう関係なんじゃなかったのか」
瞬間、意味不明な感情で意識が塗りたくられ、声が出なくなる。
「だ・か・ら! そんなあほづらすんなっての。まさか、俺の見込み違いだったのか……」
「だ、だってさ! 確かに先輩とはそれなりに仲良くなれてはいたけどさ。でも彼女が僕にああまで執着してくれた理由って、要するにシュヴァルツソーマの存在があるからなんだよ。七月絵穹が惚れ込んでいるのは僕自身じゃなくて、過去に僕が書いた小説の方なんだよっ!」
自然、早口になってて、言いながら顔が火照ってくる。なに必死になってんだ自分。
「てめえの小説がどうとか俺が知るか! 惚れた女のために気合い入れるとか、ほら、そういう展開ってよくあんだろが!」
言いながら九凪君が詰め寄ってきて、胸に指先まで突きつけられちゃった。
「そんな急かさないでよ。好きとか嫌いとか、まだそういう段階じゃないし。確かに僕、年上好きだけどさ、お姉さんにいっぱい甘えてみたいけどさ。でもそれはあくまで上っ面であって、大きいおっぱいが好き=恋愛感情とか、それって違くないですか?」
ナニ口走っちゃってんだ! しかもここでⅣさんのピンクの唇が脳裏に! 何でっ!?
ああっ、今度は彼の顔がすっごく冷ややかなものへと……。
「ま、いいや、俺はカンケーねえし? どのみちお前ら二人の問題だ、宇佐美が動かねえと現実はなんも変わんねえ。てめえでなんとかしやがれ」
ようやく矛先を引っ込めてくれたと思えば、また新たな矛先が向けられてるし。
そんな僕と九凪君とのやり取りは、思わぬ破裂音によって瞬時にぶち壊される。




