6
作戦会議室にネットカフェを選んだ理由は、単にパソコンが置いてあるからというだけ。それに個室席なら他人にのぞき見される心配もない。
持参したデータをパソコン側に移してディスプレイに表示させる。画面は『叛旗のシュヴァルツソーマ(新)企画書』の見出しに続いて、無数の文字列で埋めつくされていた。
何を隠そう、僕は新しい小説の構想を始めていた。ベースはあくまでシュヴァルツソーマなんだけど、過去のではない〝今の自分〟を色濃く反映したものだ。
「今こそシュヴァルツソーマを創り直すことが必要だって考えたんだ。先輩の猫化の呪いを解くのにも必要だし、何より僕が空想魔術がうまく使いこなせないのなら、題材となる空想そのものを見直すって視点がそもそも欠けていたんだよ!」
思わず力説してしまう。
進むべき道に迷っていた僕は、先日の出来事を通じて前向きに変化し始めていた。
先輩がこっそり教えてくれた、弱いけれど強い力を持つという女の子の空想。そして過去は変えられなくても未来なら切り開けるというあの言葉。そして先輩が与えてくれた空想魔術は、確かにあの言葉を実現する力を持ってる。
叛旗のシュヴァルツソーマが「釣り小説」だったのは変えられない過去だ。
でも同時に思い出してしまった。ずっと目を背けてきたけれど、冗談のようなきっかけで書き始めたあの長編小説を、それでも僕は完成させたのも変えようがない過去なんだ。
七月先輩は言った。シュヴァルツソーマという空想は、誰かの力になれたんだって。そして今も未来を切り開く可能性を持っているって。
「わたし、宇佐美くんがそう来るとは想像だにしなかった。完全に盲点だったわ……」
テーブルに身を乗り出した先輩は、画面の文字列を凝視する。顔がマジと書いて真剣だ。
「……実はさ、自分が昔書いたあの小説を、今だからこそちゃんと見つめ直してみようかなって気持ちになったんだ。まあ、現時点ではまだ構想段階なんだけどね。でも先輩の目的を達成させるためには、空想魔術の題材を自分自身に最適化することからまず始めてみようって」
シレッと言ってのけてしまったけれど、これはこれで結構難題だったりする。
「シュヴァルツソーマをリメイクすると言ったわね。具体的にどこを変えるのかしら?」
「とりあえずキャラはオリジナルからそのまま変えないでおく。ただ、空想魔術は没入感が大切だって言ってたじゃない? だから物語の舞台を現代風に改変して、異世界から現代へとやって来る悪の魔獣と戦う、魔術師たちの物語にしようかなって考えてる」
「……なるほど、作品そのものをイ界やファンタズマ、魔術師の世界と関連付けるのね」
あっさり見透かされてしまい、何だか照れくさいし。
「安易かもしれないけど、主人公となる神叢木刹刃の『悪と戦う理由』ってやつが、ずっと実感しやすい気がしたんだ。等身大ってやつ?」
そしてその実感こそが、主人公の〝なり手〟たる僕に直結する要素なんだ。
「何せオリジナル版のシュヴァルツソーマは、中世っぽい架空の異世界が舞台だったからね。神叢木刹刃は無駄に強い割に弱点を突かれて窮地に陥る場面が多かったし、悪役もヘンに自己陶酔的な要素が濃かった。空想魔術にコンバートするには過剰演出があだになって、色々障害が多かったんだ」
柔らかいカップルシートに埋まってどうにも居心地悪そうな先輩は、真剣なのか眠いのかよくわかんない顔して考え込んでる。
あ、今のこれはたぶんマジ顔だ。
「……ありがとう宇佐美くん。素晴らしいわ、こんなに短い期間でここまでのアイディアを出せるなんて。でも実際にやってみないとわからないわね。空想魔術が生み出す力は、使い手の技術力と必ずしも直結しないものだから」
「あはは……僕自身がそれを思い知らされてきたもの。だからとにかく実験してみないとね。これが失敗しても、次のネタを考えればいい。トライアンドエラーだよ」
「わかったわ、そうと決まればすぐにでも実験を始めましょう。……ところでその前に聞いておきたいのだけれど、ここに書いてある『媛宮ソラノ(仮)』というキャラクターは誰? わたし、このひとはちょっと記憶にないわ」
「あっ、その子はですね……何と言いますか……し、新ヒロイン(仮)?」
虚を突かれた質問に、思わずしどろもどろになってしまう。
包み隠さず言ってしまえば、媛宮ソラノと名付けた新ヒロインは七月絵穹をモデルとしている。理由は単純で、僕の妄想がすごく捗るからだ。
でも考えてみたら七月先輩、シュヴァルツソーマについてはかなり詳しく読み込んでる人だったのを完全に失念していた。
「シュヴァルツソーマはヒロイン不在だったはず――だってヒロイン格の瑠璃亜は序盤で死んでしまったのだから。そこに別の女を差し込むだなんて、どういう思惑なのかしら?」
そいつを棒読みで、ジト目を僕に寄越す先輩。
正直、怒られるのは覚悟していた。だって読者目線だと、想い人を失った復讐者たる主人公に新ヒロインを割り当てるなんて、物語的に美しくないって反発必至だもの。
妙な空気を誤魔化すように、僕も先輩みたいなジト目ってやつを真似てみる。
あっ、目が合った。でも数秒見つめ合ううちに、こっちがデレ顔になりそうでヤバい。意外と手強いぞ、七月絵穹。
「先輩の懸念はわかるけど……それはそれとして今日の先輩、意外とテンション高い?」
「…………当然」
親指をグッととして一々仕草が愛らしいけど、やっぱり七月絵穹はヘンな人だった。




