4
「――こんな僕には先輩の隣にいる資格があるのかな。だって、このままもし先輩や先輩の友達を守れなかったら、それはぜんぶ、僕が偽物なせいだ」
【――――――――話が長いわ宇佐美くん】
「あ、ごめんね……………………………………………………って、ええっ!?」
い、い、今なんつったの猫さん?
【話が難しくて理解できなかったのだけれど、わたし前にも言ったでしょう? シュヴァルツソーマがネットに現れて、それから完結するまでの全てをわたしも見てきた、と】
「ねこ、しゃべったーーーーーーーー!?」
それどころじゃないよ! 驚天動地の事態に飛び上がってしまってから、慌てて黒猫先輩を観察する。あんな長台詞、さすがに空耳なわけないもんね?
「……えっと、さっき確かにしゃべったよね? どこから聞いてたの、僕の独り言?」
【…………最初から最後まで、一字一句逃さずに】
「ぜんぶじゃんかっ!」
はあ、消えてしまいたい。いつもの先輩ペースで喋る猫の衝撃性も、悩める宇佐美瑛斗の懺悔ポエムを聞かれたダメージの前には走馬灯みたいなものだから。
「うわっ、さっきのはナシ! 先輩はいつから人語を理解できるように進化してたの?」
【ちょっと待ちなさい。わたし、宇佐美くんになにか酷い扱いを受けているように聞こえたのだけれど? たぶん、自分が猫でいる自覚があるという意味では、今回が初めてね】
毛繕いし始めた黒猫先輩が、流暢に語りかけてくる。それも声と口を一切連動させずに。
「これって猫が直接喋ってるわけじゃなくて、エンジンを通じて会話してる状態なんだ」
【わたしと宇佐美くんとの間に、念話みたいな現象が起きているわね。確かにエソライズムエンジンは魔導器だから、通信機のような機能を持たせることも可能だけれど】
確かに、先輩の声は脳内に直接語りかけてきていた。妖精さんの時とおんなじ感覚かも。
【でもわたし、そんな機能をエンジンに付けた覚えはないわ】
「ならどうしてそんな変化が今になって突然起きたんだろう」
そんな疑問が浮上した途端、厭な予感が胸中に湧き起こってきた。
「まさか、現実界でも魔法が起こるようになったって話、前よりも悪化してるんじゃ……」
あくまで推測でしかないんだけど、そしたら先輩、ハッと息を飲んじゃった。
【これは……終末世界の兆候……〈理想郷現出〉…………】
「い、イデ、なんですって…………」
またしても、いま考えましたみたいな先輩のジュヴナイルズ用語が飛び出してきたぞ。
黒猫先輩、背の低い草を踏み鳴らして数歩前に進む。対岸の向こうにそびえるビル群がチカチカと明滅し、いつの間にか夜の顔を露わにし始めていた。
【……わたしも焦りすぎていたのかもしれない。宇佐美くんはいま迷っているのね。だから特別に一度だけ教えてあげる。聞いたらすぐ忘れなさい。わたしとの約束よ】
「えっ、聞くとか忘れるとかって、一体何を…………?」
【いいから、約束しなさい】
猫の姿のままで唐突にそう切り出してくる先輩。僕は黙って頷くしかなかった。
【…………むかしむかし、あるところに身体のとても弱い女の子がいました――】
切り出しは、そう――まるでおとぎ話のようだった。
【――その女の子は、ある年上の男の子と出会い、彼からたくさんたくさん力を貰いました。そしてその弱い女の子は、誰にも言えない強い力もひとつだけ持っていました――】
言葉を失った。細部の表現をかなりボカしているせいで、先輩のこのおとぎ話は、例えば僕にだって当てはまるかもしれないと気付いたからだ。
【――それは未来を予知する力です。女の子はこの世界が災厄に飲み込まれることを予知しました。でも女の子はそれを知るだけで、ひとりではどうすることもできません】
なのに細部のシチュエーションが噛み合わないのが妙だった。中学時代にネットで交流があった女子も何人かいたけれど、みんな同学年か下級生で、当然だが先輩とは別人だ。
【そしてひとりでは何もできないその女の子は、みんなが災厄に打ち勝つための魔法を発明しました】
「先輩……その話って――」
【――この話はおしまい、恥ずかしいから。でもこれがわたしの中の空想。きみのシュヴァルツソーマと同じよ】
「あっ――そういうことか! 七月絵穹は世界でただひとりの空想魔術師だったもんね」
僕も勘違いしちゃって一瞬胸に引っかかってしまったけれど、要するに先輩が胸に秘めた彼女自身の空想物語――イマージュをちょっとだけ教えてくれたという意味だったのか。
【誰にだって過去はあるわ。どんな辛い過去も書き換えることなんてできない。でもね、そんなわたしたちは〝今〟にいて、その先の未来を切り開く力を持っている】
「…………未来を……切り開く、力……」
どうしてだろう、彼女のそんな言葉から連想させられたのは、僕にとって辛い過去そのもののはずのシュヴァルツソーマだったのだ。
【……ところで宇佐美くん、試してみたいことがあるの。ちょっとこちらを見ていてくれないかしら】
こっちに振り返って、お座りする黒猫先輩。唐突に出された指示の意図がわからない。
「というか、あの、全体的に黒くて存在が見えにくいよ先輩」
既に暗がりへと同化しつつあるステルス黒猫先輩である。で、困惑してしまって目をしばたたかせたら――そこで絶句。
僕のすぐ目の前に七月先輩が立っていて、しかも威風堂々たる全裸だった。




