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「――――ハッ、目覚まし時計!?」
目が覚めた。
ガバッと上体を起こせば、タオルケットで白い素肌を覆い隠した黒髪の美女がすぐ隣に。自我をしっかり保たないと、勘違いしそうなシチュでしょう。
「おはようございます、宇佐美くん。現実界に戻ったわ」
教えてくれた彼女の瞳は茶色に戻ってる。子猫たちが下で必死に朝ごはんを催促してる。
「おはようございます。あの、七月先輩。イ界にいる間の時間軸ってどうなってるの……」
軽く混乱していた。枕代わりにしてた先輩の太ももが気持ちよかったからではない。
スマホが示した時刻は午前八時前。先輩は平然とそこに佇んでいる、全裸で。
「もちろん、現実界でもそのまま時間は流れ続けるわ」
「だって、さっきまで夜明けだったじゃない。あれからまだ三十分も経ってないはずだよ。それに時間が流れ続けるなら、イ界に行ってる間、現実界側の僕たちはどうなってるの?」
「イ界にいる間も、現実界での宇佐美瑛斗や七月絵穹は問題なく生活を続けているわ」
「ええっ、なにそれ怖い! 想像以上に!!」
本人が知らないうちに勝手に生活してるもう一人の自分だなんて、ドッペルゲンガーか何かかよ! 今回のレクチャーでぶっちぎり一番のびっくりネタだ。
「安心しなさい。イ界に行ってる間の『現実界側の宇佐美くん』も、あくまで宇佐美くんの人格を持った同一人物、つまり正真正銘の宇佐美瑛斗だから、奇行を取ったりなんてしないわ。そして両世界の実体験に基づく記憶も、すぐに同一化する仕組みにできている」
言われてみれば、先輩の太もも枕が最高だったまどろみの記憶がまざまざと……でも、あれが思い出の中だけの感触になって、すごく損した気分だ。
「一人の宇佐美くんの自我が、二つの並行世界に枝分けされている。そういうイメージね。最初は戸惑ってしまうと思うけれど、現実界とイ界の相関関係ってそういうものなの」
そういうものらしい。脳内OSがクラッシュしそう。
「あはは。昨日あったことがぜんぶ夢か幻だった気がしてくるよ……」
「あれは夢でも幻でもないわ。宇佐美くんは確かに神叢木刹刃になった。そして今ここにわたしがいることが、夢なんかじゃないことの証明」
「そっか……そうだよね。よかった」
そう安堵してしまったのが自分でも意外だった。あの体験が現実であってほしいのかな。
「――ああっ、違うそうじゃない! だから時間なんだよ時間っ!!」
先輩にばかり気を取られてて、うっかり失念するところだった。
「ええと、時間がどうしたのかしら宇佐美くん?」
そこで、バーンと目覚まし時計に指を突き付けてやる。
「結論から言うね、七月先輩。僕たち学校に遅刻しそう」
それを聞くや否や、めずらしく先輩の目がまあるくなった。
それからは、とにかく慌ただしい一日が過ぎてった。
朝食抜きで、全速力で駅まで自転車を走らせた。学校に着いてからも、それこそ授業どころか、怪訝そうな顔のクラスメートたちに昨日の顛末を釈明する余裕すらなかった。
そんなことよりも、七月先輩を元通りに戻す方法を探さなくちゃ。そんな焦りと浮き足立った感覚が入り混じって、上の空だった僕にも隙があったのだろう。
放課後、先輩を連れて一目散に帰宅。うちの家族はみんな、夕方は仕事やバイトで不在だから、たとえ年頃の女の子と怪しい魔術儀式を行ったところで怪しまれることはない。
先輩の猫耳を引っ込めようと何度も儀式を繰り返して失敗が続き、気付けば外が暗くなってきていた。そろそろ部屋の灯りでもつけようかなって立ち上がったら。
先輩、ベッドの上で黒猫に戻ってた。
このときばかりは、ミューシアにそういうパーティーの足を引っ張るような糞設定を付け加えた昔の僕をぶん殴ってやりたくなったね。




