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「うっ……はぁ……はぁ…………やっ、たのか……俺は………………」


 魔刀を振り抜いたままの体勢で、瑛斗が肩で荒く息をしている。閃光を受け半身を融解させた巨人型が、寸分遅れて鈍い音を立て、そのまま巨躯が横倒しになった。

 見れば、この周辺一帯が、彼を起点に大きく抉られていた。その爪痕は、駅の向こうに立ち並ぶ建物までも一直線に貫いていた。

 まるでそこを〝怪獣〟が通り過ぎたかのように。

 そこで〝僕〟は何故連想してしまったのだろう。あまりに絶望的な破壊の爪痕に、心臓が不快な悲鳴を上げ始めた。


「――!? いけない、彼のイマージュが不安定化している。宇佐美くん、いま世界の〝記述〟を躊躇っては駄目――まだ空想を諦めないで!」


 〝僕〟の背中から急に義腕が消滅し、魔刀も落として膝折ったのを見て、〝絵穹〟は慌てて〝彼〟に駆け寄った。

 えっ、僕? 瑛斗? 刹刃? ――――俺は一体何だ。〝彼〟って誰なのさ。

 自らの胸に手を当て、落ち着かせようとする。それに何かを察したのか、絵穹は身に着けた残りのエソライズムエンジンに指先で触れ、そして暗示のように唱えた。


「――――終幕エピローグよ、もう戻りなさい」


 だが彼女の呼びかけを経ても、何も起きなかった。


「これはどういうことなの。宇佐美くんが……宇佐美くんに戻ることを拒絶している!?」


 心配げな声色をして、絵穹が彼の背をさすった。


「大丈夫、平気。深呼吸して落ち着くのよ。宇佐美くんは何も不安に思わなくていい。きみの物語なら幸福な結末を迎えたわ。だから、ゆっくりと、元の自分のことを思い出して」


 伝う汗を感じつつ、瑛斗は顔を上げる。奇妙な脱力感が四肢にのし掛かっている感覚。


「壊れた町も元に戻るわ。あとで説明するけれど、このイ界はそういう世界なのだから」


「――――他人事みたいに言ってんじゃねえよ」


 予想だにしない声が割って入ってきたのは、直後のことだ。

 声の主を見定める間もなく、うずくまる瑛斗のすぐ傍らをかすめた、三発の銃弾。

 迂闊にも、まだ一体の蜘蛛型が生き残っていたのだ。

 油断しきっていた二人の背後で霧散してゆく蜘蛛型。そして瑛斗たちの背後に、いつの間にか黒ずくめの影が立っていた。


「前にも警告したはずだ、女魔術師。イ界でうろちょろすんなって」


「きみは確か……九凪静夢くなぎしずむ……」


 絵穹が思わずその者の名を口にする。

 黒ずくめの影は、二挺の小型拳銃を携えていた。黒い髪に、黒い学生服。まだ少年だったが、戦場慣れした鋭い眼光を宿している。ファンタズマを難なく斃してみせた銃は、魔術的な武器なのか。

 九凪静夢と呼ばれた少年は拳銃を懐に仕舞い、次いで宣告めいた言葉を突き付けた。


「あんた、ここで一体なにやらかした」


 凄むような、低い声で。その言葉の意味を無言で指し示すように、少年の視線がなぞる。瑛斗が残した、凄惨な破壊の爪痕をだ。


「さっきのあの光はなんだ。どんな魔術を使ったら、こんなふざけたブッ壊し方ができる」


「随分と奇妙な質問をするのね。きみに逐一報告する義務がわたしにないのは、当然その頭で理解できているのでしょうにね」


 にべもなく、絵穹は突き放す。両者が友好的な関係であることを即座に否定してのける。


「あなた、今朝の恩人のひと……」


 瑛斗は彼の顔を一目して、咄嗟に我に返った。

 見まごうことなどない。通学途中、量子崩壊に巻き込まれた際に出会った、そしてファンタズマから庇ってくれた、あの少年だ。


「義務、だって? ……ざけんな。だったらあんた、なんで一般人巻き込んでんだよ」


 眉間の皺を険しく寄せ、静夢少年がこちらへとさらに詰め寄った。


「いいか。ファンタズマの駆逐は俺たち〈協会〉側の職務だ。ただでさえ最近ファンタズマの狂暴化が進んでんだ、あんたみたいな無所属が協会の調査を邪魔すんじゃねえ。あとな、あんなルール破りの魔術なんて、実験ですらアウトだ。あんた本気で協会を敵に回すことになんぞ」


 片や絵穹は聞く耳持たないばかりか反発の表情すら見せ、対峙の姿勢を緩めない。


「それとも、もう一度俺に、ここでこっ酷くやられてえのか?」


 静夢が二人を前に、再び拳銃を抜いた。


「こいつは正央せいおう魔術協会日本支部の構成員としての最後通牒だ。こっちも仕事なんでな」


 こつり、と歩を進める。

 優に射程圏内。静夢の目つきに宿る、苛立ちか憤りのような光。「協会の意向」に沿わねば、力ずくでも従わせてやるという意志がそこに込められている。

 だが絵穹はそれでも怯む様子はなかった。この状況を打開できる秘策があるというのか。


「あの、助けてもらって感謝してるけど、彼女にも事情があるみたいだからさ――」


「一般人が口挟んでんじゃねえよ」


 威嚇発砲が瑛斗の足下のすぐ傍に着弾し、線路に敷き詰められていた砂利を砕いた。


「あんたも魔術師の端くれならルールを守れ。最低限の義務を果たせ。俺たち魔術師は、現実界からこぼれた闇の担い手だ。闇のルールにすら従えないんなら、魔術師であることを今すぐ辞めちまえ。そして二度とイ界に近づくな」


「……なら。辞めたくても辞められない人間はどう生きればいいっていうの?」


「辞められない人間? 何わけわかんねぇこと言ってんだ。舐めてんのか。あんたもうガキじゃないだろ、自分の生き方くらい自分の頭で考えて決めやがれ」


「あなた、つくづく協会のイヌを体現しているのね。まだ高校生なのに、本当に可哀想な人」


「ふざけんな、ガッコでもないのに年上ヅラか……」


「わたし、根本的に魔術師って集団が嫌いなの。協会なんていう権力に群れて、自分たちだけで勝手なルールを決めて。そのくせその力で世界を救おうともしない」


 彼女の吐き捨てるような言葉に、静夢は露骨に表情をしかめた。


「あんただって魔術師だろ」


 放たれた冷徹なる言葉。だが絵穹の返答は、瑛斗には切実さを帯びたものに聞こえた。


「わたしは違うわ。なりたくてここにいるんじゃない。だからわたしは自分のやり方で大切なひとを護りぬいてやる。この手で未来を変えてやる。協会にも絶対に邪魔はさせない」


 寄り添っていた瑛斗から離れ、絵穹は再び静夢に対峙する。

 唐突なる風が吹き抜け、頭上に張り巡らされた架線をひゅんと揺らした。

 見えない争いの着地点を断つように、遂に静夢の銃口が絵穹を狙う。躊躇いなく彼女の額に狙いを定める。彼女の眉間に、静夢の拳銃が放つ魔術照準の魔法円が煌めいている。

 その光景に、何故なのか瑛斗の魂は痛いほどに揺さぶられた。

 やめろ……。

 少女の脆き生命に突き付けられた、冷たく残酷な銃口。

 やめてくれ……。

 シュヴァルツソーマの劇中で、そんな場面の記述があったのだ。

 神叢木刹刃の想い人、その名は瑠璃亜ルリア。あの美しく儚き深窓の少女は、刹刃と対となる存在にして輪廻に続く仇敵・紅陰クオンの凶弾に倒れたのである。

 それが一種異様な現実感を伴って、刃のごとき尖鋭さで瑛斗の意識を刺し貫いた。

 目の前で大切な少女の命のともしびが一瞬のうちに消し飛ばされてゆく――そんな魂を摩耗させるほどの痛みに震える刹刃の心が、今の瑛斗自身と同調しているかのようだ。

 静夢が引き金に指をかけた瞬間、瑛斗の内なる衝動が、突如としてイ界へと溢れ出た。


「やめろ――――ッッ!!」


 途端、体内中の血流がその末梢に至るまで、想像を絶する速度を伴って駆け巡る。

 反比例するかのように、瑛斗の視界を緩慢に流れ出す時間。

 呪縛めいた早回しのスローモーションに、静夢も、絵穹も、そして瑛斗自身も飲み込まれてゆく。


「なっ――――――なんだ、こいつ――」


 狼狽えた声を吐き出して、静夢が引き金を引いた。

 魔力で錬成された弾丸が射出される。魔法円を思わせる光の刻印を描きながら、それは静夢と絵穹の間に一つの線を結び始める。

 死を運ぶ弾丸がまた〝彼女〟を貫くのか。〝俺〟はただただ〝彼女〟を護りたくて。

 地を蹴り、両者の間に割って入ったのは瑛斗だった。もし差し伸べたこの手が彼女に届かぬのなら、例え世界の事象すら書き換えてしまっても構わないと強く願って。

 エソライズムエンジンが彼の意志に呼応したかのように新たな輝きを放ち、周囲を強い魔力の渦へと飲み込み始めていた。


「エイト、駄目ッ――――」


 その悲鳴も掻き消される。

 突如押し寄せた光の嵐が静夢の弾丸を消滅させ、彼自身も身動きが取れなくなる。それでも右腕で押し寄る力を遮り、左手の銃を今度は瑛斗に向けた。


「くそっ――――わけわかんねえ目くらましの術をっ!」


 閃光にかき消されるような一射。

 それが瑛斗の身体を貫く手前で、何らかの魔術効果を帯びた魔法円へと変化する。だがそれも到達半ばで打ち消され、効果を発揮できない。

 奥義を上回る膨大なエネルギーの奔流が、白き狂飆と化して彼らを飲み込みつつあった。


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