表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星穹のラクスシャルキ  作者: くるまえび
第1章 巡り合わせ
9/39

二人の奴隷 ②

 脱走者――――――その言葉に、肺をめぐる血が凍りつく。


「ほら、王宮の女官カルファって『王の額』より外には出ちゃ駄目な決まりなんでしょ? たまに破って脱走する人もいるみたいっすけど」


 口ぶりは自信なさげだが、ジュニの知識は正しい。

 城壁「王の額」が完成したのは今から十年前。時を同じくして、王宮暮らしの女官カルファは新たなる法典おきてに縛られることになった。


 ザヒード王綬法典 第6章12条諸項――――通称「女官禁足令」。


 一つ、城門より踏み出づる事を禁ず。

 二つ、みだりに客人とまみえる事を禁ず。

 三つ、門外界の一切と文を交わす事を禁ず。

 …………といった具合で、とにかく「王宮の女官カルファが外の世界に関わること」を雁字搦めに禁じているのだ。


 サフィの知っている範囲でも、たとえば酒宴の客と親しくなって駆け落ちを決行し、マーハ市街で捕まって連れ戻された踊り子がいる。

 そして、そんな女官カルファに下される罰といえば――――


「…………職位の、永久剥奪」


 サフィは覚えている。

 あの連れ戻された踊り子は優秀で、人気序列でも上位にいた。しかし審問官の裁きには酌量など一切なく、一年間もの拘禁こうきんを受けたうえで職位は剥奪、見習いの下級女官ターフ・カルファにまで落とされた。

 サフィにとって職位剥奪は――――――ある意味、死より重い。



「もう、踊れないってこと……?」

 


 冬の井戸水よりも冷たい汗が額から噴きだす。

 鉄砲水のように思考が押し寄せ、サフィは溺れていく。

 

(どうしよう、どうしようどうしよう⁉ い、今からでも王宮の門に出向けば……!)

(無理! なんで外にいたのか説明できないと脱走者確定……!)

(そうだ、あの恋文ヘルゥラの衛兵さんに事情を話してもらうのは……⁉)

(無理無理! そんなので審問官は見逃してくれない……! 事情を聞いたって「衛兵をたぶらかして脱走のチャンスを待ってた」って思うに決まってる……! だいたい言い訳を聞いてくれる相手じゃないし……!)

(…………ってことは、つまり……?)


 ぐるぐる渦巻く思考から、ある結論を拾いだす。

 正面から帰るのが不可能なら、方法は一つ。


(………………ばれる前に、こっそり帰るっきゃない)


 しかし、それをはばむのは難攻不落の「王の額」。

 城壁としての物理的な堅さは言わずもがな。四つある城門は常に閉ざされ、招かれた国賓にすら二重三重の検問があるほどの常時厳戒態勢。

 完成してから十年間、一人の侵入者も許していない。


(え……あれ……? もしかして、これってもう……)


 理解が進むごとに、じわじわと絶望感がむしばんでいく。

 ざわ……と肺の奥から寒気がくる。

 ひざを握りしめた手が、瞳の中で魚影のように揺らいだ。


「……………なあ、それ」

「あっ、さ、サフィ姉さんっ!」

 サフィは呼ばれて顔を上げた。シドルクが何か言いかけたようだが、ジュニはお構いなしにまくし立てる。

「王宮に帰りたいんでしょ⁉ 俺らも手伝うっすよ! ほら、この小屋とか、しばらく隠れ家にどうっすか⁉」

「…………へ?」

 ジュニの申し出の意味を、サフィは理解できなかった。

 もちろん、サフィより外界に詳しいだろう二人が協力してくれるなら願ったりだ。しかし、今のサフィは「脱走」の現行犯。それをかくまったあげく、逃亡に手を貸したとなれば重罰は免れない。

 そんな危険を冒してまでサフィを助ける理由はないはずだ。


「だ、大丈夫……! 二人には、関係ないし…………ていうか、出なきゃ!こんなに助けてもらったし……」

「遠慮は要らねえっすよ! そもそも俺ら、姉さんに願われたら絶対やるつもりだったんすから!」

 ジュニが折れる気配はなかった。その押しの強さには少々違和感があったが、かといって、願ってもない提案を強く断れるほど、今のサフィに余裕はない。

 ちらっ……とシドルクの方に視線をやった。さっきの言葉を引っ込めたきり、石像よろしく沈黙のまま腕を組んでいる。

「………………『お願い』……」

 ふと、一つの考えが浮かんだ。

「じゃあさ、約束にしない?」

「約束……っすか?」


「わたしは二人のお願いを叶える。一人に一つ、何でも。そのかわり、わたしが王宮に帰るまで、味方になって欲しい。助けて欲しいの。…………どうかな?」


「………………!」

 シドルクの眉が動いた気がした。一方、ジュニは美少年らしさの残る両目をまんまるに剥いていた。

「な、なんッ、でも…………⁉」

 ジュニ少年の視線が、向かい合ったサフィの肢体を余すところなく走査していく。


 ぷるんとしたくちびる、はだけた衣装の胸元、くびれた腰、太もも、鎖骨のくぼみ、それから――――


「姉さんが言うなら仕方ねえっす! 兄貴、それで良いっすね⁉ ね⁉」

 ジュニは鼻息が荒いのを語勢でごまかした。

「………………わかった、それでいい」

「…………! ありがとう……!」


 瑠璃組エル・ラズリの次なる舞台は、五日後の夜にあるはずの「大饗宴」。


 そこにサフィが現れなければ「脱走」は明るみになり、数百人の兵士を動員した大捜索が始まってしまう。そうなれば、右も左も分からないマーハ市街地に逃げ場などない。

 味方となるのは二人の奴隷――――――ジュニとシドルク。


 かくして、サフィの王宮帰還作戦が始まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ