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星穹のラクスシャルキ  作者: くるまえび
第1章 巡り合わせ
8/39

二人の奴隷 ①

「―————————……?」


 慣れない痛みがして、目が覚めた。


 むくり、と体を起こす。

 そこは薄暗くて、埃っぽい場所だった。寝起きで目がかすんでいて、肌の方が多くの情報をくれる。

 まず何より、背中が痛い。

 寝ていたのは粗末な土間で、つまりは地面だ。この硬すぎる寝床にどれだけ寝ていたのか、骨盤のあたりがミシミシ軋んでいる。

 ただ一応、体の下にはナツメヤシの枯れ葉が敷いてあった。


 目が慣れてくると、そこが狭い部屋だと分かった。窓はない。どうやら半地下の物置小屋のようで、部屋の片隅にある短い石段を登った先には出口があり、わずかな光が射していた。

 出口には扉がない代わり、大小さまざまな水甕みずがめが積まれ、少なくとも目隠しにはなっている。その不自然な積まれ方には「出るな」という警告が読み取れたが、自力で撤去できないほどではない。

 つまり「監禁している」のでなく「かくまっている」のだ。


(誰か…………助けてくれたの?)


 そろりそろりと石段を登る。背伸びをして、水甕のバリケードから頭を出す。その向こうには、見慣れない景色が広がっていた。


「これ…………もしかして、マーハの街?」


 地下室の出口は、人気のない寂れた路地裏に面していた。ちょっと先で大通りに通じていて、そこには行き交う人々の姿が見える。

 派手な色合いのカフタンをまとわせた商人。野良ネコを追っかけ回して遊ぶ子供たち。頭の上に果物かごを乗せて歩いていく女性。サフィにとって間近にありながら、間近には見たことのない「壁の外」の世界。

 もう時刻は夕方らしく、人々の顔はあかね色を浴びている。


 カァァァン! カァァァン! カァァァン! 

 しばらくして、夕刻の鐘が鳴った。大鐘塔の間延びした音色とは違う、急き立てるようなせわしない鳴らし方だ。


 気づくと、水甕の向こうに誰かが立っていた。


「ひょああああぁぁ⁉」

 頓狂とんきょうな声をあげながら尻餅。外に立っていた人物にもサフィの奇声が聞かれていた。


「おっ? 目ぇ覚めたみたいっすよ、兄貴」

「…………ああ」

 声の主は二人いた。彼らは出口に積んでいた障害物をてきぱきと撤去すると、サフィのいる地下室の石段を降りてきた。



 ぺたんと座り込んだサフィ。目の前には、どうやら地面に尻をなじませるのに慣れた男が二人。

 サフィは、おずおずと伏し目がちに相手を観察する。

 一人は、背丈の小さな少年だった。マルシャと似たような栗色の癖っ毛で、どこか品のある顔立ちをしている。

 もう一人は対照的に、背丈があって体格のいい青年だった。黒い短髪、黒い瞳、切れ長の眼をした精悍せいかんな顔つき。がっしりした肩幅、適度に太くなった腕、鍛えられた足腰と、やたらこつな印象を受ける。

 サフィの素肌もシナモンのような褐色だが、その二人…………特に青年の方は、太陽に長く灼かれたらしいすすけた色味をしていた。


「あの…………わたし、どうしてここに……?」


 サフィはおずおずと尋ねる。見たかぎりの印象はともかく、この二人が悪漢あっかんでないと断定はできない。

 すると、少年の方が、サフィの神妙な面持ちを見て笑った。

「ほらぁ! やっぱ兄貴がゴツ過ぎるんすよ! ほらほら笑顔笑顔!」

「…………早いところじょうを話そう」

 けらけらと笑う少年に対して、兄貴と呼ばれた青年は表情にとぼしかった。ゴツさを和らげる笑顔は望めそうにない。


「俺はシドルク。こいつはジュニ。街はずれの麦畑で働いてる奴隷だ」


 シドルクと名乗った大柄な青年は、淡々と最低限の言葉を並べた。

「え、あ………………『奴隷』…………?」

 サフィにとって、未知ではないが聞き慣れない響きだ。


 奴隷。

 人でありながら、人の所有物となった者。

 砂漠世界における労働力の源であり、マーハの市場バザールで売り買いされる「商品」の一つ。その出自は様々であり、両親ともに奴隷だった者、金に困って身売りした者、戦争に敗れた都市国家の市民、捕らわれた異民族——————。


 そして、サフィがいた王宮に「奴隷」は存在しない。


 王宮で肉体労働を担うのは、正式に官位を与えられた女官カルファや男性の下級官。上級女官アーラ・カルファである踊り子も、夜宴がある時以外、炊事場や洗い場に駆り出される。


 目の前にいる二人は、その手首や足首に炎のような入れ墨があった。サフィは聞いた事がある。それは「野火のび(しるし)」と呼ばれる奴隷の証。この砂漠世界のどこへ逃げようと通用してしまう、不名誉な身分証だ。

 そこに加えて、シドルクの全身には数多くの古傷が刻まれていて、奴隷として過ごした半生の有り様を見せつける。


「そんで、姉さんは?」

「え、あっ…………うん」

 ジュニが気軽な口調で問いかけると、サフィはがらにもなく縮こまっている自分に気づいた。

「………………サファルケリア=ウル=アシタファ。サフィ、って呼ばれてます。えっと……この街にある王宮で、『踊り子』っていうのを」

「うおおおおおおおおマジで⁉ マジに踊り子なんすか⁉」

 ジュニが目を見開いて騒ぎ出すが、すぐに自分で口を塞いだ。

「サファル、ケリア…………サファルケリアか」

 シドルクの薄いくちびるが動いた。大袈裟な少年とは真逆で、眉一つ動かしていない。


 ジュニの口から、昨夜あったという出来事が語られた。

 たまたま「王の額」に通りかかったシドルクが、突然落ちてきたサフィを受けとめたこと。

 気絶したサフィを運び、二人の寝床である地下物置に寝かせたこと。

 そして、このことを二人以外の誰にも明かしていないこと。


「そっか……………ありがとう」

 サフィは頭を下げた。

 落ちてくる人間を受けとめたと簡単に言うものの、普通に考えて命懸けだったはずなのだ。シドルクの行動がなければ今頃、空の星だったに違いない。

(あれ…………?)

 その時、サフィは一つ違和感を抱いた。



(壁の上で踊ってた………けど…………()()()()()()()()()()



「礼には及ばねえっすよ! 姉さん一人受けとめたり運んだり、兄貴にとっちゃ朝飯前っすから!」

「………………気にしなくていい」

 当の功労者シドルクは、やはり顔色一つ変えていない。

 その時、サフィにまた別の疑問が湧いた。

「でも、どうして運んでくれたの? そのまま王宮に届けてくれても良かったのに」

 不平不満を言いたいわけではない。ただ、すぐにでも王宮の門兵に引き渡した方が、二人にとって面倒は少なかったはずなのだ。

「あー……ええとっすね…………サフィ姉さん、寝起きで悪いっすけど問題です」

「え? は、はい」

 仰々しい咳払いをして、ジュニは人差し指をぴんと立てる。

「みんな寝静まった真夜中、姉さんは『王の額』から一人で落ちてきたんでしょ? これ、誰かが見てたら何だと思うすか?」

「………………月夜に舞い降りた美少女戦士?」

「しくじった脱走犯、だ」

 シドルクの寸鉄がポンコツ美少女に刺さる。

「あっ…………」

 その時、はじめてサフィの表情筋が固まった。

 自分が猛禽類の縄張りにいることに気づいた、間抜けなウサギのような顔で。



「そう、今の姉さんは『脱走犯』なんすよ」

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