表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星穹のラクスシャルキ  作者: くるまえび
第1章 巡り合わせ
33/39

祝福の鐘

 カァァー……ン カァァー…ン


 高らかな鐘の音が響いていた。

 夕映えの砂漠の街は、それだけで絵画さながらに人を魅了する。


 マーハ王宮の南側――――実質的な正門である「慈悲の門」は、すでにかんぬきを解いていた。門兵による検問を通過し、ぞろぞろと来賓らいひんたちが入場する。彼らをまず迎えるのは、花々が鮮やかに咲き乱れる緑地庭園、清らかな庭池、そして中央にちんする金纏宮。

 天界の楽園のような光景は、有力者であるはずの客に、大砂漠の覇者が何たるかを知らしめる。



 金纏宮の中央正殿、一階奥の廊下。

 普段なら「化粧部屋」は一部屋で十分だが、今夜の大仕事には全く足りない。その廊下に面した部屋全てを使っての大陣営が敷かれて、女官カルファたちが宴の用意に忙殺されていた。

 踊り子の衣装をせっせと運んでいく幼い下級女官ターフ・カルファ。アイシャドウを塗る熟練の化粧係。侍女頭トルマリアは、百人以上の女官カルファを軍隊よろしく動かしつつ、時には接待役の官僚にすら指示を飛ばす。


 今夜は、年に一度の祝祭「大饗宴」。


 マーハの商人や名門氏族をはじめ、遠い国の貿易商、果てには近隣諸国の王族までもが一堂にかいし、夜どおしで盛大な酒宴に興じる。規模はいつもの夜宴とは比較にならず、振るまわれる酒や料理、調度品の格式までもが一段上。

 しかし、何より違うのは踊り子の舞台だ。


「いやあ、一年待ちわびた。あれほどの美女、あれだけ揃って拝めるのは今日限りだ」

「今年も『札入れ』があるんだろう? あれは御趣向だよ、胸が躍るな」

「とはいえ、一等となれば『あの三人組』で決まりじゃろ。ええ、名は何と言うたかな……」

 庭園の池のほとりで、招かれた賓客が語らっていた。


 マーハ王宮がようする踊り子隊――――総勢十五組が、今夜は立て続けに舞台に立つ。

 それが終わると「札入れ」、つまり投票が待っている。得られた札の数が評価となり、今後一年における踊り子隊の序列が決まるのだ。


 化粧部屋が面している廊下には、数十人の踊り子が集められていた。舞台に上がる順番はすでに決定済み。出番が早い踊り子から順に、化粧や着付けのために部屋に呼ばれる。


瑠璃組エル・ラズリのマルシャ、入りな!」

「は、はいっ! マルシャ、行きますっ!」


 背丈が小さく、顔立ちも幼く見える少女。しかし瑠璃組エル・ラズリという名が呼ばれた瞬間、待機している踊り子たちは騒めいた。

 通りかかった若い侍女が、知り合いの踊り子に話しかける。

「…………あんなに小さいが、去年で三連覇したっていう瑠璃組エル・ラズリ? そんな雰囲気、全然ないけど」

「あんた、踊り子のこと本当に知らないのね……。あのマルシャって、そこらの主役より断然上手いわよ」

「ふぅん……そんなを差し置いて主役とか、どんな踊り子なのよ」


(うぅぅ〜………サフィ、どこにいるの……?)


 化粧部屋に入っていくマルシャの胸は不安でいっぱいだった。

 ここに招集がかかる直前、ネフリムと一緒に最後の捜索をしたが、サフィの行方はようとして知れない。


 一方、ネフリムは廊下の壁際に立っていた。

 佇まいは悠然として、舞台前の緊張など一切見えない。序列一位に相応しい、品のあるオーラを醸していた。


瑠璃組エル・ラズリの出番、分かってはいたけど…………よりによって一番手か)


 その姿とは裏腹に、ネフリムもまたれていた。すでに会場の迎賓広間には来賓が入ってきており、節操のない客は酒を運ばせているらしい。

 適当に理由をつけて辞退する、という手は無かった。いつもの酒宴ならともかく、マーハの威信をかけた大饗宴を辞するとなれば、辞退者本人がきっちり弁明しなくては通らない。


(まさか…………戻って来ないつもり……?)


 無意識にネフリムは親指の爪を噛んでいた。

 そんな彼女のもとに、一人の足音が近づく。

「おい、まだ来てねえのか、あいつ」

「あなた……!」

 声をかけたのは、瑠璃組エル・ラズリに次ぐ序列二位――――翡翠組エル・ヤシムの主役、ジェッダ。




「…………よしっ! 届いた!」

 水底から出口までの高さは、男二人を縦に重ねたほど。穴の出口にはてつ格子ごうしの蓋が乗せてあって、カナートを流れてきた冷気が隙間から吹き上がるようになっている。

 サフィはシドルクのりょうを足場にし、限界まで背伸びをして、鉄格子の蓋を両手で突っ張っていた。

 

「押して、シドルク!」

「…………!」

 シドルクは、ランタンの取っ手をがっちりくわえていて喋れない。合図に合わせ、勢いよく両掌を持ち上げる。サフィの全身をつっかえ棒にして力がでん…………ついに、鉄格子の蓋が持ち上がった。

 差しこむ光が、サフィの瞳を輝かせる。

「跳ぶよ、せーのっ!」

 シドルクと呼吸を合わせ、鉄格子をどかした出口へと跳ぶ。どうにかサフィは地上に這い上がった。


 目がくらむほど明るくはない。そこは目指していた場所――――銀盤邸の地下室だった。

 支えの石柱がある以外は、風通しを良くするためか何も置かれていない。


 カァァァ………ン!  カァァァ………ン!  カァァァァ………ン!

 

 ふと、遠くない場所から夕刻の鐘が聞こえた。街で聞いた忙しない音とは違う。耳によく馴染んだ、間延びした大鐘楼の音色。


(帰って…………きた……っ!)


 じんわりと鼻先が熱くなる。でも、それより先にすべきことがあった。

「………………シドルクっ!」

 出てきた床の穴をのぞきこみ、サフィは彼を呼んだ。

 道中といい、最後の鉄格子の蓋といい、やはりシドルク抜きで通れる道ではなかったのだ。

 シドルクはこれから、来た道を通ってジュニが待つ出口へと帰る。でもその前に、彼に言うべき言葉――――――言いたかった言葉があった。

 

 サフィは、穴の暗闇に目を凝らす。そこに彼の姿があった。


「あれ…………?」

 しかし、暗闇で目立つはずのランタンの明かりが見えない。シドルクの手にあるランタンは、水没したのか本体のガラス胴に水がたまり、火が消えている。

 当然ながら、この暗渠あんきょはランタン無しで通れるものではない。

「待ってて、火種つくるから!」

 サフィは即断した。シドルクが手を伸ばしてランタンを渡すにはギリギリ届かない。強引にランタンを投げ渡そうとして、万が一破損でもすれば唯一の光源こうげんを失うことになる。

 ならば、サフィが火種を起こし、地下のシドルクに投げ落とせばいい。

 すぐに革袋から火打石とナイフを取りだす。麻縄の切れ端をほぐして、ナイフの刃先を火打石にこすりつけて火花を落とす――――が、火花が出ない。何度も何度も何度も擦り、ようやく麻縄が白い煙を吹いた。

 燃え移すものが無いので、サフィは着ていたローブを脱いだ。ローブの下は、あのシルクの踊り子衣装。王宮に到着した今、どのみち外で購入したローブは処分する必要がある。

 丸めたローブに火をつけ、サフィは再び穴を覗きこむ。

「火種できたよ! シドルク――――」

 


 そこに、彼の姿は無かった。



「………………………………シドルク?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ