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星穹のラクスシャルキ  作者: くるまえび
第1章 巡り合わせ
16/39

人語を解する道具 ①

 奴隷小屋で、初めての晩餐・・を開いた次の日の午前。


 サフィは一人、市場バザールの雑踏を歩いていた。

 昨日買ったローブで姿を隠し、店先に並べられた果物や何やらを目利きしていく。見た目はすっかりマーハのまちむすめだ。


 あんな逃走劇を繰り広げてしまった翌日なので心配したが、ちらほら立っている巡邏兵がサフィを怪しむ様子はない。マーハの市場バザールは世界屈指の規模だけあって、窃盗や盗品(さば)きは日常茶飯事。よほどの凶悪犯でなければ指名手配してまで追ったりはしないらしい。


「…………美味しいわけないじゃない、あんなの」


 サフィの舌に、あの不快感が――――砂粒を噛んだ食感がよみがえる。

 奴隷たちは、あの食物もどきに不満を言うどころか、まるで極上の美味かのように涙を流していた。砂粒まじりの食事自体、何の抵抗もなかったのだ。

 生地をねている時、確かに、その手触りに違和感はあった。しかし麦粉の三割もの砂が入っているなど想像もせず、結果として、あんな残飯にも劣るものを自分の手で食べさせてしまった。一緒に焼いていた朝食の分も同じように砂入りで、どうにか砂粒を取り除けないか考えて窯の中に隠しておいたが、サフィが目覚めた時には奴隷たちに食べ尽くされた後だった。

 ふと、目に浮かぶ。

 口の端にザクロの粒をつけた、あの寡黙な顔が。


「…………あああぁもうっ! なんなの⁉ 『美味い』って!」


 あまりにも短すぎる褒め言葉。

 その言葉に何の裏もないであろうことが、サフィの胸をモヤモヤさせる。



 しばらく市場バザールを歩いて、目当てのものを置いている露店を見つけた。 

「岩塩と、黒胡椒と、この袋いっぱいに麦粉ください。あと、お肉があったらそれも」

「羊肉の燻製ならあるよ。しかし随分と買うね? お代は大丈夫かい」

「えーと、花金貨三枚……で、どうですか?」

「気前のいい嬢ちゃんだねぇ! ほれ、おまけの干し豆だ」

「わっ、やった! ありがとうございますっ!」

 もう何度目かの買い物を済ませて、サフィは市場バザールを後にする。



 道を歩きながら、サフィは帰還方法に考えを巡らす。

(あ、そうだ。門番さんに金貨を渡すっていう手は……⁉)

 ぱちん!と指を鳴らした。金貨の扱いを覚えたばかりのサフィにとって、「買収」は目新しい名案に思えた。

 もちろん、それを防ぐために城門には番兵が複数人いて、正面の門に至っては何重もの検問がある。名案は早くもお蔵入りだった。


 買った品々をかごに詰めて、重さでよろめきながら奴隷小屋へ帰った。シドルクやジュニを含め、奴隷たちは全員で朝から仕事に出ている。昨夜あれだけ騒がしかった小屋は空っぽだ。


 さっそく、サフィは昼食の準備にかかる。

 混じり気なしの大麦粉、水、パン種を、陶器の捏ね鉢で力いっぱいに混ぜて固める。岩塩を加え、日陰で寝かせる。ふくらんだ生地を切り分けて、平べったい楕円形にし、潰した黒胡椒をまぶして焼き窯へ。

 焼けたのは、辛味と香ばしさが売りの胡椒パン「バルバリ」。少し冷ましてから二つ折りにし、炙った羊肉の燻製をはさむ。どうにか人数分を完成させると、かごに入れて届けに向かった。

 こんなにも気合を入れているのは、当然、昨夜のリベンジを期してのことだ。



 やがて、「街はずれの麦畑」が見えてきた。


 市場バザールでにぎわう中心部からは遠い、テブリス河から水路を引きこんだ広い畑。

 しかし、サフィの思い描いた農園風景とは違っていた。

 麦穂どころか草の一本も生えていない。だだっ広い土地の大部分が、なぜか白っぽく粉をふいている。よく見ると、奴隷たちが木製のシャベルを握り、粉をふいた表土を削ってはあさぶくろに詰めていた。できあがったのうを担いで運び、畑のはずれに停まっている荷車に積んでいく。

「もしかして、これが『塩掻き』?」

 麦畑を初めて見るサフィだが、知識は持っていた。

 雨の降らない砂漠でも灌漑かんがい農業はできるが、問題が一つある。地下から湧いてきて植物を枯らす「塩」だ。塩をふいた畑の表層を削って、よそから運んだよくな土を敷いていく。この終わりなき「塩掻き」は、男の奴隷がする典型的な仕事だった。


 突如、パシィィンッ! という快音が耳をいた。

「いつ休んでいいと言ったッ! さっき水は飲ませたろうがッ!」

 神経質そうな顔をしたせぎす男が、身の丈を超える長さの革鞭かわむちで男奴隷の背中を打った。打たれた奴隷は、土を集めるふりをしてサボっていたらしい。

「あでで…………す、すんませんねぇ。あんまり働いたもんで、そろそろ昼時かと」

「働いただと⁉ お前はまだ十袋だ! あいつを見ろ、もう五十は運んどる!」

 へへぇとびて、サボリ魔は仕事場へと戻っていく。サフィは鞭の男が指さした方を何気なく見た。

「あ…………!」

 見るからに重い土嚢を四つも肩に乗せ、荷車に向かう大きな背中。

 黒い短髪の青年、シドルクだった。


(………………………………はっ!)


 ちょっとした空白の時間があった。

 サフィは自分が棒立ちしているのに気づく。


 シドルクの近くにはジュニの姿もあった。

 ――――と、ジュニの体が傾いた。担いだ土嚢一つの重みに負け、バランスを崩し、ついに倒れた。どしゃっ!と土嚢の中身がこぼれ、ジュニはその場にへたりこむ。

「ハァ…………ハァ………くっそ……!」

 疲労困憊なのは明らかだった。両脚の震えは、まだ成長途中の体に大きすぎる負荷をかけた証拠。しかし、鞭を持った男はジュニを見逃さない。

「ジュニィィィッ! 今日は運び方をやると言ったのは自分だろうがっ! なァにを休んでるっ!」

「す、すいませんっ! で、でもヒマールさん、俺だって」

 ジュニが何か釈明するが、ヒマールという男は歩みを止めなかった。


(え…………ちょっと⁉)


 サフィが固まった瞬間――――パァン!と音が炸裂した。

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