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星穹のラクスシャルキ  作者: くるまえび
第1章 巡り合わせ
1/39

プロローグ ①

感想・コメント・誤字報告等、お待ちしてます。

「カクヨム」にて先行公開中です→https://kakuyomu.jp/works/16817330662633492159


挿絵(By みてみん)




「はぁ…………綺麗だったなぁ」


 とろぉん、と。

 甘ったるい麝香じゃこうでも嗅がされたような陶酔のおもちで、サフィは呟いた。

 下穿き(シャルワール)を泳がせる手が止まっている。ぬるまった水が指先をつたい、まだらな跡を残しては干乾びた砂に吸われていく。


 昼下がりの勤務中、ちょっとした物思いにふける女官カルファがいるのは珍しくない。

 果てなき砂漠越えの果てに待つという青い海。

 ひと頃に読み物として流行った、美しき魔人ジンとの婚姻譚。

 あるいは、真偽も知れず流れてくる王宮貴人たちの浮き名。

 

 飢えもかわきもない王宮の暮らしで、年頃の女官カルファたちは刺激に飢え、うるおいを求める。恋のうわさ、それに妄想。これほど遊び勝手のいい娯楽もなかった。

 庭園で葉をゆらすナツメヤシの木陰で、奥まった刺繍部屋で、昼餉ひるげのラヴァシュを焼き上げる粘土窯タンヌールの前で。あれこれ尾ひれのついた風聞が日に一つは生まれ、語られ、消費されていく。


 でも、サフィは少し違う。

 十六歳になる彼女に不忠勤さぼりをさせているものは、遠い海でも夢物語でも――――――恋でもない。


 物干し場から戻ってきた仲間の女官カルファが、日陰に入るなり異変に気づく。

「あれ? サフィ、サフィってば」

「…………昨日から二度目かしら。世話の焼けるお嬢様ねぇ」

 声をかけ、肩を叩き、袖のない亜麻の服をちょんちょんと引っぱる――――が、返事はない。

「どうするの、ネフリム?」

「マルシャ、ここに汲みたて冷え冷えの井戸水があるわね?」

 じゃぷ……と、ひと抱えもある水甕みずがめが不穏な波を立てた。


 サフィは一人、日陰になった石の段差に座っていた。

 灼けるような青空の下、南にそびえる中央正殿の大ドームが、降りそそぐ太陽を滝壺たきつぼの岩よろしく散らせている。

 飛沫しぶきになった光が一粒、灰色の瞳に飛びこんだ。



「もう一度見たいなぁ…………王妃様」



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