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亡き者と通じる加護の巫女  作者: あお
リーズ12歳
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08 リーズの巫女の加護の力

 わたしが巫女の加護の力を得るタイミングがやってきてしまった。おかげで領地にいる父も母もバタバタしだした。本来ならば王城で過ごしこの時を待っているはずのわたしが領地にいるばかりに、両親が王都とやり取りをしながら、わたしをすぐに王都神殿に戻すべきか、それともここに留まらせるべきかを協議している。わたしはというと、まるで他人事のように感じていた。お腹に違和感があるし、初めてのことで気分が悪い。それに、今のわたしの一番の望みはといえば、エグモントがまだいる世界に時間を巻き戻して欲しいということだけで、それはさすがに巫女の加護の力としても無理な気がしていた。

 巫女の加護の力は、自然の摂理に大きく反するようなことは得られないと言われている。例えば、伯母の風を操る力は、自然の中で起こり得る力だから巫女の加護の力となり得た。けれど、時間を逆行するようなものは自然の摂理に反することだから無理なのだ。

 巫女の加護力を得るために何か儀式がいるということもないらしい。願っていれば、自然と分かるのだと。


 数日が過ぎた。初めての月経は、たった3日で終わった。最初はそういうことも多いらしい。だんだん安定してくると、月に1回、1週間ほど続くようになるのだとか。おかしな体調は落ち着いたけれど、巫女の加護の力の発現はよく分からなかった。わたしの考えていることはといえば、やはりエグモントのことばかりな気がする。こんな精神状態の時に巫女の加護の力を得て大丈夫なのだろうか。


 伯母から手紙が来た。初潮が一段落してからしばらくすると力を感じられるようになるから、今はただ欲しい力を願い続けなさいと綴られていた。


 半月ほどが経った。その間も、気がつけばひとつのことばかり考えながら過ごしていた。


 時々王都神殿での巫女教育を思い出していた。我が国は今のところ基本的に平和で平穏だ。だから、巫女の加護の力をどのようなものに求めるのかという議論はよく神殿で起こっていた。何か大きな困ったことが起こっていればそれに対して巫女の加護の力を備えさせるのだろうけれど、これだけ穏やかな日々が続いているとそれほど巫女の加護の力が必要なようには感じられず、どのような巫女の加護の力をもたせるのかという点で一番ベストの判断が難しいようだった。わたしとベアトリスはいつもそれを聞いて考えさせられていたが、一部は私利私欲のためではないの?と思わさせられるような内容もあり、逆に嫌悪感を抱いた。

 神殿での巫女がどんな力を得るかという協議の中で、わたしやベアトリスが本当に欲しいと思う力がそれなのかと言われると、どれもこれも的はずれに感じた。

 王都神殿の神官に時折連れられて、市井の様々な場所に行った。病院、孤児院、修道院などの施設や、農地、牧場などにも行った。確かにそれぞれそれなりに問題は抱えている。けれども、お金で解決できそうなことも多かった。我が国はそれなりに資源も豊富で気候もいいため金銭的な面でも余裕がある。ベアトリスと二人でジョシュにそういった視察の時の話をすれば、ジョシュは積極的に宰相である父にもその話を日常会話の中に織り交ぜてしてくれて、気がつけば改善していることが多かった。


 巫女の加護の力なんてこの世の中に本当にいるのかしら?

 ふとした時に、そんな疑問が湧くようになった。この力があるおかげで、わたしやベアトリスは縛られ続けることになっている。このまま無くなってしまっても良いのではないのかしら・・・


 あ、また“ここ”にエグモントがいる気がする。ふわっと感じるエグモントの空気。エグモントなら、巫女の加護の力をどう考えるかしら。前にこの話をした時には、流行り病への対処についてとか、農作物を強くするとか、水をきれいにするとか言っていた。あぁ、そういえば、現の死者と話がしたいというようなことも言っていたな。現の死者と会話をし、彼らの心残りを取り除いてあげるんだと。もしかして、エグモントが言うように願えば現の死者とお話できるようになるのかしら。


 それなら、今のわたしが一番欲しいラオネルの巫女の加護の力は現の死者とお話をすることね。


 きっとそれが良い。それが国のためになるかと言ったら正直分からない。けれど、わたしの一番の願いはそれ以外考えられない。


 エグモントと話がしたい。



 わたしは、行きなれた領地の森の中にある石碑の場所に来た。ここは慣れていないとなかなかたどり着く事ができない場所だ。バシュラール家の血筋の者ならばめったに迷うことがないという不思議なところでもあった。逆に言えば、幼い頃からこの石碑には幾度となく足を運んだわたしにとってはお庭みたいなものだった。この石碑の回りは、何もかもが澄んでいて心の奥底までが浄化されるような気にさせられる。わたしはこの石碑が大好きだった。


「民が願い続けることで巫女が生まれる 巫女はその時々で我が国で必要な能力を備えている ラオネルの巫女がいる限り平穏は守られる その力は国の安念のために・・・か。」


 石碑に書いてある一文を読み上げてみた。色々な戒めや教訓などがあるものの、ラオネルの教えで最も重要なことは、そういったことを守ることによって生まれる巫女だ。巫女が生まれることで平穏が保たれるということなのだ。


「今のこの平和も、歴代の巫女がいたからこそなのよね。歴代の巫女の加護の力・・・」


 現在巫女の加護の力を持つものは伯母しかいない。けれども、過去には様々な力を持った巫女がおり、彼女達の能力についても学んできた。バシュラールの血を受け継いでいる過去の巫女の加護の力。


 300年以上前までは、周辺諸国との諍いが絶えなかったため戦争に関することが多かったらしい。相手の戦術を読み取る能力、安全な場所を見つける能力、味方の士気を高める能力、隠密行動が絶対に見つからない能力。そういった戦いの場に付いていった巫女は、戦巫女などと呼ばれて崇拝されていた。そして、大抵騎士の誰かと婚姻を結び巫女の加護の力の定着を図っていたそうだ。

 戦争は勝利し、訪れた平和によって、しばらくラオネルの教えが薄れていった時期があった。そうなると不思議なもので、バシュラール家には女児が生まれにくくなっていった。平和が続いていたので、最初は誰もそれを問題視していなかったものの、気が付くと国内の治安が少しずつ悪くなっていた。

 欲深いものが富を占領しようとする。それに影響を受けた者たちの生活が少しずつ荒れていき、徐々に治安が悪くなる。盗みや暴行などがあちこちで起こるようになる。

 少しずつ、ラオネルの教えがまた必要なのではないかと囁かれるようになった時、数十年ぶりに生まれたバシュラール家の女児に巫女の加護の力が宿る。彼女の力は不正を暴く力。裏帳簿や裏取引の情報を次々と暴き、一気に国内の膿が絞り出されていった。

 そうして、ラオネルの教えが大きく見直されることとなったのが150年ほど前。近年では、どちらかというと天災に対処するような巫女の加護の力が増えていった。戦争や治安の悪化というような人災は、あまり起こらなくなったからだ。


「けれど、エグモント様のように犠牲が起こることもある・・・」


 エグモントのように、人災が全く無くなるなんてことはなかなか難しい。どうしたって人と人の間に差は生まれるし、合う人合わない人だっている。そこに様々な感情が生まれて恨みを買ったり憎まれたりすることもある。そして時にはその感情が暴走してしまい人を傷つけてしまうこともある。エグモントは、そういった感情の犠牲になってしまったけれど・・・


 頭では仕方がないと分かっていても、どうしても飲み込めなかった。やはりわたしの一番の願いは、エグモントに会いたいということ。

 エグモントが言っていた現の死者でも構わない。それでも良いから、エグモントときちんと話がしたかった。


 石碑に向かって手を合わせる。他にどんな力もいりません。エグモントと話が出来ますように・・・


『・・・・ズ・・・』

「え?」

『・・・リーズ・・・』


 どこからか声が聞こえる。慌てて周囲を見渡す。森の静寂に包まれているけれど、エグモントの空気を感じる・・・?


「エグモント様!エグモント様!そこにいるんですか?!」


 わたしは思わずそのエグモントの存在感を探し回るように手を上下左右に振ってみた。確かにいるのに、何も触れることはない。パタパタと石碑の回りを探してみるものの、空気は感じるがやはり分からない。

 もしかすると、あまりに考えすぎてしまったせいで聞こえた空耳だったのかもしれないけれど、それでもエグモントに会えるかもしれないという希望を捨てたくは無かった。


「エグモント様。お会いしたいです。エグモント様、エグモント様!」


 私はその場で座り込み、空を見上げて手を広げた。


 すると、ぼんやりと。薄ぼんやりとそれらしい輪郭が見えてきた。じっと目を凝らしていると、透き通るような人が上からわたしを覗き込むようにいる気がしてきた。


「エグモント様?もしかして、わたしの上にいますか?」


 徐々にその人の顔がはっきりと見えるようになってくる。最初は輪郭だけだったが、少しずつ色づいてきて、印象的な赤みがかったブラウンの髪を感じるようになる。

 その人の向こう側の空がうっすら透けてはいるものの、この人は、エグモント・キルシュネライト。

 わたしの婚約者。


『リーズ?僕が見えるの?』


 はっきりと聞こえた、エグモントの声。だんだんその色がよりはっきりと見えるようになり、金糸の刺繍が入った濃紺の騎士服を纏ったわたしの婚約者がそこにいた。


「エグモント様・・・はい。はっきりと。」

『うわぁ。驚いた。どうして見えるんだろう。僕は現の死者になっているだろう?』


 エグモントが目を丸くして驚いている。その様子を見て、知らないうちに、わたしの目から涙が溢れてきて。エグモントが戸惑った顔をしているのがよく分かる。


『リーズ、泣かないで。どうして僕が見えて、声まで聞こえているのかわからないけれど・・・』

「巫女の・・・」

『え?』

「巫女の加護の力が宿ったのだと思います。以前に、エグモント様は現の死者と話がしたいと。」

『あぁ、お祖父様のこと?そういえば話ししたね。』

「わたしも、願いました。エグモント様と話がしたいと。」


 エグモントが、納得をしたというような顔をした。

 もうはっきりと分かる。輪郭だけではない。エグモントの姿がはっきりと見えるし、その言葉も明瞭に聞こえる。また会えた。もう二度と会えないかもしれないと思っていたエグモントとまた話が出来る。

 今はその事実だけで胸がいっぱいだった。


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