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亡き者と通じる加護の巫女  作者: あお
リーズ12歳
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06 絶頂と奈落

 その日、わたしは学校も巫女教育もお休みで、エグモントも午後から休みが取れるとのことだったので、お出掛けをすることになった。王都を一緒に散策し、カフェでお茶をして夕方までには戻ってこようという計画だ。二人でお出かけなど初めてなので、もう数日前からおかしなテンションになっていた。それをベアトリスに何度も指摘されてしまった。

 侍女に少しでも大人っぽく見せようと、軽くお化粧をしてもらった。ウエスト部分をキュッと絞った少しだけ大人っぽい臙脂色のワンピースに編み上げブーツ。髪もいつものハーフアップではなくポニーテールにしてもらった。ほんの少しだけ、エグモントにふさわしくあれますように。


 王城の玄関ホールの方へ侍女と共に行くと、エグモントが待っていた。いつもは近衛の濃紺の騎士服を着ているが、今日は白のシャツに黒のトラウザーズ。その上から仕立てのいい黒のベストを羽織り、髪もいつもよりラフな印象だ。腰には剣を携えているが、今日は護衛としての役割も果たしてくれるのだろう。強い婚約者様で良かった。

 ライトブラウンの瞳がわたしを見つけると、優しく微笑んだ。あぁ、眩しい。かっこよすぎる。いいのかしら、わたしみたいな小娘が彼の横に並んでも。


「リーズ。今日も素敵だね。その服よく似合っている。髪型が違うからかな。少し大人っぽく見えるよ。」

「エグモント様もいつにも増して素敵です。このようなラフなお姿でもよくお似合いですわ。」


 お互いを褒めあったが、わたしはやはりまだまだ小娘だ。エグモントは、背も高く毎日鍛え上げた筋肉質な身体の持ち主だ。そしてきりりと男らしく精悍な雰囲気の整った顔立ち。若手近衛兵の中ではローランと人気を分け合っている。市井の若い女性達から人気があるのもわかる。ローランが美形でイケメンなのは妹の私から見てもそれなりに分かるのだけれど、エグモントはわたしにとって圧倒的だった。わたしなど彼の影に隠れたら見えなくなるだろう。

 もちろん見た目だけではない。理知的で頭がよく、とても優しいのだ。親友の妹だから優しくしてくれているのかもしれないけれど、それでも今は婚約者となったわけだし、エグモントのことを信じていい関係を築いていきたい。


「近衛の中で、女性が好みそうな評判のカフェを聞いてきたから行ってみようと思っているけれど、いいかな?」

「もちろんです!とても嬉しいですわ。」


 そんなことを話しながら、わたしとエグモント、そして侍女が一人馬車に乗り込んだ。馬車の中ではいつもと同じように他愛もない会話が弾む。エグモントは聞き上手で、わたしが話すことを絶妙なタイミングで返してくれる。心地よい。


 カフェの側まで来て、エグモントにエスコートされながら馬車を降りた。すぐ横にいるエグモントからふわっと爽やかなグリーンの香りがする。エグモントがいつも使っている香水の香り。エグモントを身近に感じられてドキドキする。

 お店は白を基調としたシンプルな装飾だが、ところどころに飾られている絵画や真赤な薔薇が逆に映える。この絵は最近話題の画家のもの。かなりこだわっているのが伝わる。個室に案内されて、エグモントと向かい合って座った。


「ここのフルーツを使ったタルトがとても人気なんだそうだよ。リーズは何がいい?」

「タルト!大好きですわ。おすすめだというのでしたら、そちらをお願いしようかしら。エグモント様はどうされますか?」

「僕は甘いものがそれほどたくさんいらないけれど、リーズが好きならばこちらのショコラのタルトにしようかな。」

「ショコラのタルトも美味しそうですね。悩んでしまいますわ。」

「分けてあげるよ。ならこれを頼もうか。」


 エグモントが給仕に声をかけ、フルーツのタルトとショコラのタルト、そしてそれに合う紅茶を頼んでくれた。


「こういったカフェの情報はよくあるのですか?」

「そうだね。僕はあまり良く知らないけれど、詳しい者は何人かいるかな。ローランも婚約者とこの前来たって言っていたよ。」

「まぁ、お兄様がですか。」

「ローランは甘いもの好きだろう?だから婚約者を誘ってあちこち行っているみたいだね。」

「確かにお兄様は甘いものに目がないですわ。時間を見つけてはわたしとベアトリスのところに来てお菓子を出せっていいますの。」

「本当に好きなんだな。」

「昔からなのであまり気にしたこともありませんでしたが、男性は甘いものが苦手な方が多いのでしょうか?」

「うーん。どうだろうね?甘いものもいいけれど、お酒が好きな者も多いしなぁ。兵士はどちらかというとなにかにつけてお酒を飲む機会を作りたがるから、そっちが好きな方が楽だとは思うよ。」

「エグモント様はいかがですか?」

「僕もどちらかというとお酒かな。甘いものは普段あまり食べないっていうだけであれば食べるけれどね。」

「わたしもお酒が飲める年齢になったら一緒にいただいてみたいです。」

「うん。そうだね。リーズが飲める年になったら美味しいお酒をごちそうするよ。」


 エグモントが優しく微笑む。この幸せな時間、一生続けばいいのに!


 そうこうしているうちに、タルトと紅茶が運ばれてきた。給仕がそれぞれの前に置いてくれる。プレートに乗ったタルトの回りには、クリームやハーブが彩りに添えられていて、まるで芸術品のようだ。


「食べるのがもったいないくらい美しいですわ。」

「本当だね。これはここに来るだけの価値があるね。でも、食べないともっともったいないからいただこうか。」

「そうですわね。エグモント様、連れてきていただいてありがとうございます。」


 感謝を告げながらニッコリと微笑むと、エグモントも優しい笑みを返してくれた。

 早速ナイフとフォークを使ってタルトをいただく。


「これは・・・中に入っているカスタードクリームとフルーツがとってもよく合って美味しいです!」


 色とりどりのフルーツは、クリームと一緒になることでその美味しさが更に引き立つように感じた。


「こちらのショコラのタルトは甘さが控えめでビターな味わいがたまらないよ。これならいくらでも食べられそうだ。」

「エグモント様向けですわね。」

「リーズも気に入ると思うよ。少し食べてみる?はい。」


 エグモントは、ショコラのタルトを一口フォークですくうと、少しだけ添えられているクリームを付けてわたしの前に差し出した。


「え、えぇと。これは・・・はしたなくないですか?」

「普段ならはしたないだろうけれど、ここには僕とリーズしかいないから大丈夫。」


 いやいや、うしろに侍女が控えているから完全な二人きりではないですよ?とは思ったものの、ニコニコと微笑みながらわたしにその一口を差し出してくれるものだから、勢いでパクリと食べさせてもらった。


「どう?」


 確かに美味しい。ショコラのタルトだけならば、少しビターでわたしには甘さが足りないかもしれないけれど、クリームと一緒になることで絶妙な甘さ加減になっている。けれど、この状況が恥ずかしすぎて、顔が火照ってくる。


「お、美味しかったです!エグモント様も、わたしのフルーツのタルトはいかがですか?」

「僕はブルーベリーが好きなんだ。少しもらえる?」


 照れ隠しにわたしのフルーツタルトも勧めてみたら、即答された。えぇ!今度はわたしがエグモントにあーんをしなければならないのか。かなり恥ずかしいし、普段ならばこんなはしたない行為は出来ないけれど、今だけ、今だけ・・・と自分に言い聞かせてブルーベリーの部分とカスタードを一緒にフォークですくってエグモントの前に差し出した。エグモントは少し前に身体を乗り出して、パクリとそれを食べてくれた。


「うん。ブルーベリーの酸味とカスタードの甘みがぴったりだね。こちらも美味しい。」


 パクリと食べてくれた。食べてくれた。・・・つまり、エグモントが口をつけたフォーク。使い続けていいわよね?

 エグモントは、わたしが口をつけたフォークをそのまま使ってショコラタルトを食べていた。もう、ここは勢いだ。続きをいただこう!

 後半はタルトの味など分からなくなっていたけれど、しっかりと完食した。途中からベアトリスとジョシュの話や学校生活の話などをしていたら、あっという間に時間が過ぎていった。



 カフェをあとにして、少し歩きながら馬車の方へ戻ろうとした時、ふとショーウィンドウに飾られていた猫がモチーフのブローチを見つけた。イマキュリに似ている。


「イマキュリみたいですわ。かわいい。」

「本当だね。これは貝で作られているのかな。白くて艷やかなところとか、イマキュリの上品な感じにピッタリだね。」

「エグモント様にイマキュリのことをそういっていただけると嬉しいです。」


 イマキュリは、今やわたしとベアトリスを癒やしてくれる家族同然の猫となっていた。もう一緒に過ごして5年にもなるのだから当然だ。


「このブローチ、せっかくだから今日の記念にプレゼントするよ。」

「えぇ!そんな。まるでおねだりしたみたいになっているではないですか。ダメです!」

「僕は婚約者だよ。少し位おねだりして欲しい。」

「そ、そんな。」

「リーズはもっと僕に甘えてほしいな。」


 そういうと、わたしの手を引いてお店の中に入っていき、店主に頼んでブローチを包んでもらった。


「はい。リーズ。せっかくだから使ってね。そんなに高価なものではないから、普段から気にせず使いやすいと思うよ。」

「ありがとうございます。エグモント様。すごく嬉しいです。」


 エグモントはまたニッコリと微笑むと、わたしの手を握ってお店をあとにした。そのまま手を握ったまま馬車の方へ向かう。

 幸せだなぁ・・・と思いながらついていく道すがら、ふとお店のウィンドウに映るわたし達が目に入った。


 あぁ、まだ兄妹のようにしか見えない。


 12歳のわたしと19歳のエグモント。7歳の年の差はまだまだとてつもなく大きな壁に感じられた。7歳差の夫婦なんてあちこちにいるのは分かっている。けれど12歳と19歳の差はまるで別物のように感じられるくらい大きかった。

 早く成長したいなぁ。エグモントに相応しくありたい。相応しくあれるよう、巫女教育も学校の勉強も、その他礼節やマナーももっともっとしっかり学ぼう。わたしのやるべきことをキッチリと頑張らないと。エグモントと並んでも恥ずかしくないように。



 王城へ戻ると、エグモントは騎士棟の方へ戻っていった。このあとはジェラルドの護衛の夜番なのだそうだ。本当はこの午後の時間は睡眠に当てたかったのではないかしらと今更思ったが、別れ際にエグモントが、「いい気分転換になって楽しかった。またデートしよう。」と極上の笑みで言ってくれたので、気にしたら逆にエグモントに失礼だと思い気にしないことにした。それに今日のことはデートだという扱いをしてくれた。デート。良い響き!エグモントも、まだ数時間は休憩できるようなので少しは眠れるのではないかと思いたい。


「お姉様!そのブローチ、イマキュリそっくりですわね。」

「そうなの。イマキュリによく似ているでしょう?エグモント様がプレゼントしてくださったの。」

「まぁ!エグモント様ったら素敵!お姉様のツボをしっかりと押さえていらっしゃるわ!」

「たまたまお店で見つけて、イマキュリに似ているわ、なんて話ししていたらすぐその場でプレゼントしてくださったの。すごく嬉しい・・・わたしの宝物です。」


 ベアトリスがにまにました目でわたしの方を見ている。妹にそんな目で見られる日が来るとは。すごく恥ずかしい気持ちになったけれど、このブローチは宝物に間違いない。エグモントから初めて貰った宝物。大事にしなくちゃ。


 幸せな気分のまま夜になり、わたしはイマキュリと共にベッドに入った。


「今日は本当にいい日だったわ。あのブローチ、あなたによく似ているでしょう?ブローチを見ていたらイマキュリとエグモント様が側にいてくれるような気がする。大事にしようと思うわ。」


 ゴロゴロいうイマキュリを撫でながら、わたしは眠りについた。



 翌早朝。

 まだ日が昇るか昇らないかのうちに、部屋の外が何やら騒がしい声が聞こえて来て目が覚めた。何かあったのだろうか。


「失礼いたします!リーズ様!起きていらっしゃいますか?!」

「起きているわ。おはよう。何かあったのかしら?」


 こんな朝早くから起こされるなんて思ってもみなかったけれど、この騒がしさに目が覚めていたので侍女からの問いかけにすぐに答えられた。侍女は、わたしがいるベッドサイドに近寄ってきて息を切らした。どうしたというのだ。


「さ、先程。何者かが王城に入り込み、ジェラルド殿下の部屋に押し入ろうとしたそうです。」

「えぇ!シャルが狙われたというの?」

「そのようですが、そこをエグモント様が食い止められて。」

「あぁ、そうよね。エグモント様が今日の夜の番だと聞いたわ。」

「エグモント様が、エグモント様が・・・」


 エグモントが・・・?何があったというの?


「短剣で、お腹の辺りを深く刺され、今、い、意識不明な状態となられているそうです・・・」


 侍女が、言いにくそうに、顔を青くして耳を疑うようなことを言った。


 エグモントが刺された?意識不明?どういうこと?


 昼間は一緒にカフェに行ってタルトを食べて。それからイマキュリに似ているブローチをプレゼントしてもらった。夜はジェラルドの護衛だからといって騎士棟へ戻っていった。またデートをしようねと言いながら。


 まだ夢から目が覚めていないのではないか。早く目を覚まさないと。


 何が起こっているのかよく分からないまま、わたしはその場で呆然としていた。これは夢、夢なのだから心配ないと自分で自分に言い聞かせながら。


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