46 見失う目標を超えていく決意
「~~!!おいっ!!しん・・・エグモント!!!はやくっ!~~・・・!!!」
何やらすごい物音がして目が覚めた。ベッドから天井を見上げている自分が夢の中半分、現実半分といった具合で、何が起こっているのかよく分からないが、騒がしくなっていることだけは何となく分かった。
「殿下!ご無事ですか?!!」
ローランが慌てた顔でベッドの横にいた。まだ外は暗いようだが、部屋の中は明かりが灯され明るくなる。なにげに体を起こした時、ぐったりと横たわっているエグモントが運ばれて行くのを目にした。
「え、エグモント?」
よく見ると、右のお腹のあたりから血が滴り落ちていた。
「今、殿下の部屋に暴漢が入り込もうとして、そこをエグモントが捕らえたのですが、どうやら刺されたようなのです。暴漢はエグモントが全員叩きのめしているのですが、殿下はご無事ですね。よ、良かったです・・・」
「エグモントはどうしたんだ!さっき血が、血が出ていたぞ!」
ローランがベッドサイドに座り込む。そうこうしているうちに、縄で縛られた見知らぬ男が四人、騎士たちに連れて行かれる様子も目にした。
エグモントが運ばれていった通り道には、血が道のようになって跡を残していた。暴漢?一体何が起こったというのだ。俺が寝ている間に目も覚めないほどの状況でエグモントは何をしたんだ。
頭の中が混乱する。けれども、横でローランが打ちひしがれている。
「なぁ。エグモントはひどい怪我したのか?」
「・・・どうやら、そのようです。すいません、殿下。ちょっとリーズを連れて様子を見に行かせていただいてもよろしいでしょうか。」
ローランの顔が歪む。さきほどのエグモントの様子からするとあまり良くない状況なのは想像できる。俺は首を縦に振る。ローランは俺のその返事を受け取るやいなや部屋を後にした。ここにはローランだけでなく、普段俺についている侍従や他の護衛騎士なども集まってきている。俺は侍従に促され、バタバタとしている寝室から繋ぎの隣の部屋に移動させられ、着替えてから座らされていた。寝室はずっと人が出入りして騒がしい。こちらの部屋にも普段よりも多く護衛が控え、気持ちが落ち着かない。未だに何が起こったのかわからないが、誰に聞いても先程のローランの説明以上の返答は得られず、ここにいる全員がまだ状況を飲み込めていないようだった。
二時間か三時間位そうしてそこにいただろうか。何をするわけでもなく、ただ多くの護衛に囲まれながら座らされていた。そこに侍従の一人が入ってくる。俺のそばまで来ると、そこに跪いて俺の顔を下から見上げて言った。
「殿下、落ち着いて聞いてください。先程、殿下の部屋にベランダから暴漢が四人入り込もうとしました。入り込まれる前にエグモントが気が付き、ベランダで対峙したのですが、エグモント一人で四人共捕らえたのですが・・・隙を狙われて、刺されたようです。かなり深く、肺を傷つけ、呼吸がまともに出来なくなり、先程エグモントが息を引き取りました・・・」
侍従は目に涙を溜めている。“息を引き取った”って、どういうことだ?エグモントが死んだということなのか?
「意味が分からない。」
「殿下、少しずつご理解いただけたら・・・」
「わからん。一生分かりたくもない。王城の警備はどうなっていたんだ。なぜこんなところまで暴漢が入りこんだんだ!エグモントだぞ?!あの強いエグモントがやられるってどういうことだ!そもそもなんで一人で対峙しているんだ!おかしくないか?!」
「エグモントだから一人でなんとかなったのです。殿下を最後までしっかりと護って立派でした。」
「知らん!」
叫びながら、悔しさと悲しさが頭の中で交錯していた。ぐったりと血を流しながら運ばれるエグモントの姿が脳裏から離れない。エグモントを失ってまで俺は守られるような人間か?エグモントのほうがよっぽど優秀で必要な人材ではないか?俺はただ直系王家の生まれというだけで、何においてもエグモントには勝てないのに。リーズにもそう評されているではないか。きっと多くの者がこの出来損ないの王太子と思っているに違いないのに、なぜそんなどうしようもない俺が護られてエグモントが逝かねばならないのだ。おかしくないか?!
頭の中がぐちゃぐちゃだ。気がつけば、両手で頭を抱えて大きく唸り声をあげていた。
エグモント!
今回の事件は、あの社交倶楽部に無理やり連れて行ってもらった時に襲われた輩達によるものだったと後から聞かされた。結局きっかけを作ったのは俺で、そいつらから常に俺を護ってくれるのはエグモントだった。
王都神殿で、エグモントの葬儀が行われた。俺は参列しなくてもいいと言われていたが、そんなわけにもいかないだろうと言って参列させてもらった。最後にエグモントに別れの言葉をきちんと届けたい。
葬儀には、見知った顔が多く参列していた。王城の関係者も多い。近衛の騎士たちも数多く参列している。
そして、バシュラール家の面々。婚約者であったリーズ、ローランは、近衛側ではなく今日はバシュラール家としての参加のようだった。長い間親友として切磋琢磨してきているのは俺でも知っていた。リーズとローランは特に沈んだ顔をしている。
俺はいつもリーズを怒らせたり苛立たせたり呆れさせたりしてきたけれども、こんな悲しみを与えたことはなかった。エグモントを奪ったのは俺のせいで、だからリーズにそんなに悲しい顔をさせているのは俺のせいだった。
俺にはリーズを笑顔にすることは一生叶わないのだろう。きっと今回のことも恨まれるに違いない。今度こそ話もしてくれなくなるのではないだろうか。
葬儀が終わり、王都神殿を皆が立ち去っていく。俺も護衛の騎士たちとともにそこを出ようとした時、リーズたちが目に入る。
ここで一言謝っておかなければいけないような気がした。何もかもが終わってしまうような気がした。一生後悔する気がしたから、声を掛けた。
名前を呼んで立ち止まらせることは出来たが、リーズを護るようにしてローランが返事をした。ローラン、お願いだ。リーズと話をさせてくれ。けれどもうまく言葉が出ない。
「殿下が無事で良かったです。」
俺がなんといえばいいのか戸惑っているうちに、リーズの方からそう言われ、そして彼らは立ち去っていった。
最悪だ。本当に俺は最悪だ。
謝ることすらままならなかった。しかも、リーズに身を案じられた。エグモントに護られるような価値などない俺が残ってしまったのに、何故そんな事を言えるのだ。俺が無事で良かった?そんな事あるわけ無いだろう!
もう、どうしたらいいのかよく分からないまま、そこを後にした。
日常がやってくる。学校へ通い授業を受け、王城に戻っては帝王学の指導を受ける。食事をして、風呂に入って寝る。淡々とした毎日だった。変わったことは、護衛が少し多くなったことくらいか。
リーズは領地に戻ったらしい。どうにもならないくらい沈んでしまい、浮上できないのですとローランが言っていた。
俺の部屋は、汚れた絨毯などが全て取り替えられ、あの時の惨状は全く分からない状態になっていた。けれどももうベランダに出たくない。出窓は完全に鍵を締めて近寄ることすらする気が起こらなくなっていた。
ベッドの上で、またあの時のことが思い出される。ぐったりと青褪めた顔で運ばれていくエグモント。その後に滴るエグモントの血の跡。
俺が殺られていたほうがマシだった。あぁ、エグモント。
ふと、エグモントの空気を感じた。俺のベッドの横に佇んでいるような、そんな空気。
「エグモント?いるのか?」
ふわっと頭上にその感覚が浮き上がり、俺の頭の周りを撫でるように回る。
あぁ、これが現の死者というやつか。
「俺のこと、気にしてくれていたんだな。」
少しだけ、エグモントの想いを感じることが出来て、冷たく冷え切った心の奥に明かりが灯ったような気がした。
リーズが王城に戻ってきたらしい。なんでも、ラオネルの巫女の力が発現したそうだ。こんなタイミングで。婚約者を失ったリーズに巫女の加護の力が発現したともなると、多くの者に狙われる可能性が高かった。いい意味でも悪い意味でも、注目をあびることは間違いない。きっとリーズにとって負担が大きくなる。悪いやつに狙われる可能性も格段に上がる。リーズのことが心配でたまらなくなり、王城に着いたという知らせとともにリーズに会いに行く。
王城ホールでは、ベアトリスとジョシュが既に出迎えていた。リーズの顔色はすっかり良くなっていて、笑顔も見られた。すこし安心する。
「巫女の加護の力が出現したと報告を受けた。・・・それで、どんな力なんだ?」
いや、そんな事を言いたいわけではない。気にならないと言ったら嘘にはなるけれど、今はリーズが無事にまたここへ戻ってきたことをただ喜んであげるべきだったのに、なぜこうも思いとは裏腹の言葉ばかり言ってしまうのだ。リーズの顔が少し歪む。リーズは、王都神殿に力を認められてから正式に報告するといって立ち去っていった。
つまり、俺とリーズは、公式の扱いだけの関係であると突き放されたということだ。もう、友人や幼馴染という扱いすらしてもらえなくなったということだろうか。
そんなことを言いたかったのではなかったのに、言葉がうまく使えない自分が嫌になった。
数日後、王都神殿に呼ばれた。俺は王都神殿の謁見室に誘導されて行ってみると、そこには大神官だけでなくリーズがいた。
「今日はどういった要件で呼ばれたんだ?」
正直この集まりの意味が分からず尋ねると、リーズが笑顔を見せてくれた。先日あんな風に突き放されたところだったのに、一体何があったというのだ。
「殿下、よくお越しくださいました。今日はリーズの巫女の加護の力のことで殿下にお伝えすることがありまして声を掛けさせていただきました。」
「巫女の加護の力について?」
「ジェラルド殿下。お呼び立てして失礼いたしました。私の巫女の加護の力が正式に神殿に認められましたので、殿下にもその力によって得られたことをお伝えしたかったのです。それが彼の望みでもありますので。」
「どういうことだ?」
俺は、大神官とリーズと向き合って座った。そして、リーズが俺のことを“ジェラルド殿下”と呼ぶのに少し引っかかってしまった。大神官の前だからか?それでも今までは俺のことをシャルと呼んでくれていたのに。なぜ敬称で呼ぶのだ。しかも、彼の望みとはどういうことだ。
「リーズの巫女の加護の力ですが、現の死者と繋がることが出来るという力だということが分かりました。」
「現の死者?」
「はい。現の死者、つまり亡くなってもなおこの世に未練を残すものが陥る現象ですが、そんな現の死者と私が繋がることが出来るようになりました。それで、エグモント様とも繋がることが出来るようになったのです。今、すぐそこにエグモント様がいらっしゃいますよ。」
リーズが俺の右側を指差す。俺は慌てて自分の右側を向いた。ふわっと、エグモントの存在が何となく感じられる。あぁ、確かにいる。エグモントはここにいる。
「分かりますか?」
「あぁ。エグモントがすぐここにいるのは何となく分かるが、どうやって繋がるというのだ。現の死者は、その存在は何となく分かっても、見たり話したりなどは出来ないものだろう?」
「それが、出来るようになったのです。今から、エグモント様から殿下へお伝えすることを私からお伝えいたしますので、聞いてくださいね。」
リーズがにこにことしている。こんなリーズの笑顔を見るのはいつぶりだろう。
「殿下、突然このようなことになり、大変申し訳なく感じております。殿下のお心に深い傷を負わせてしまったのではないかと危惧しております。今回の件は、自分の仕事を全うしただけのことなので殿下が負い目に感じることは全くありません。殿下が無事で何よりです。」
「そ、それは本当にエグモントが言っているのか?!」
俄に信じられなかった。リーズは笑顔で頷いている。確かにこんなこと、リーズが嘘でいうとは思えなかった。
「あの暴漢は、確かに殿下と共にお忍びで外出した時に襲ってきた者たちですが、もとより札付きのゴロツキでした。普通ならば王城に忍び込もうなど考えませんが、そういった点でも普通ではない者たちだったのです。殿下が悪いことは一切ありません。殿下は完全なる被害者です。なので後ろめたく思わないでください。」
エグモントが、俺がずっと自責の念にかられていることを分かっていた。そして、俺の気持ちを軽くしようと現の死者になってまでも一生懸命だ。これはエグモントだ。いつものエグモントだ。
目に涙が溜まっていく感覚があった。頬を一筋の涙が伝っていく。
「殿下が立派に成長し、将来我が国の国王を担っていく姿をずっと夢見ておりました。最近の殿下は本当に色々なことを頑張られているのを知っております。このまま真っすぐ進んでください。僕はずっと見守っています。今はこうしてリーズを通して繋がることが出来ますので、何かあったらいつでもご相談ください。」
リーズの言葉がエグモントの言葉に重なっていく。リーズの声なのに、エグモントが実際に話をしているようにも感じる。そこにエグモントがいるのが分かるからだろうか。
「本当に、エグモントなのだな。エグモント、リーズ・・・ありがとう・・・」
下を俯き、涙を堪える。エグモントとは、最後のお別れの言葉すら交わすことが出来なかった。俺のことをずっと優しく見守ってくれていたエグモントに、せめてお礼を言いたかった。そんな俺の願いを叶えてくれたリーズには、感謝しか無かった。
俺の言葉を聞いて、リーズはふわりと微笑んだ。
エグモントが俺に望む未来。まずは、エグモントという目標を目指して。いや、それを超えていけるくらい、今自分で出来る努力は重ねていこう。
そう、決意した。




