03 そして婚約
王城での生活もかれこれ5年になる。そろそろわたしも巫女の加護の力が出てもおかしくないと言われている時期だった。この5年の間に起こった変化といえば、ジェラルドが1年前から、わたしとジョシュが今年から貴族学校に通い出した。王城から通っているが、それなりに充実した学校生活を送っている。そして合間を縫って、ラオネルの王都神殿に通っている。こちらで更に深いラオネルについての学びを受けながら、巫女の加護の力を得られる時を待っている段階だ。わたしにはどんな力が宿るのか。今は国は平穏だけれど、どんな力がいるのだろう。そう思うと不安と期待が入り乱れた不思議な気持ちでいっぱいになった。
また、ベアトリスもわたしより2年遅れで王城へ入り、一緒に巫女教育を受けている。王都神殿へも一緒に通っている。そんなベアトリスは、先日ジョシュと婚約した。ジョシュはといえば、学校が休みの日には父である宰相閣下と王城へ来て、文官見習いとして動いていた。わたしにとっては気のおけない友人であるジョシュがベアトリスのことを大切にしてくれるのはとても嬉しい限りだ。
そして、王太子であるジェラルドはというと、見た目だけはキラキラした王子様に変化していた。バターブロンドのきらめく髪を後ろでひと結びにし、王妃様に似た整った顔立ちですましている。小さかった背も伸びて、気付いたら抜かれていた。手足が長く、スラッとした立ち居振る舞いは、世の女性からしてみると憧れの王子様なのだとか。確かに王子様然とした態度にはなってきていると思う。勉強も最近はよく頑張っているし、何より醸し出すオーラが王子そのものなのだ。けれどプライベートになると一気に口は悪くなるし意地悪だし何も成長していないと思うのはわたしとジョシュとベアトリスだけなのかもしれない。よくもまぁ、外面をあれだけ取り繕えるものだと感心である。
そして、ローランとエグモントはそんなジェラルド付きの兵士となっていた。彼らは19歳となっており、すっかり大人だ。ローランは学生時代に出会った伯爵令嬢と婚約をしており、そろそろ結婚の話が出だしている。ローランとエグモントは若手の成長株近衛騎士として王都では有名だった。近衛騎士はイケメンが多いと言われているが、彼らもそれに違わず人気があったため、王都では近衛の評判が更に爆上がり中だとか。
エグモントにはまだ婚約者はいない。わたしは、出会った頃から素敵だなと思っていたエグモントに、気がつけば恋をしていて、彼のことしか見えなくなっていた。大人な雰囲気を持つエグモントは、何においても優秀で、普段は感情が表情にあまり出ないタイプだが、時折わたしに見せてくれる笑顔が素敵だった。ローランと一緒にいる時だけ年齢相応の雰囲気に切り替わるところも、ローランの近くにいるわたしには特別に感じられた。なにより優しい。カードゲームに強いところもかっこいい。好きなポイントを挙げたらきりが無い程エグモントのことが好きだった。
わたしとしては、どうしてもエグモントと将来の約束を交わしたかったから、何度も何度もエグモントにそれとなくアプローチをしてきた。ローランに呆れられながらもだ。わたしなりにずっと好意を伝えてきたつもりだった。エグモントからしてみたら、親友の妹にムチャぶりをされているという気分だったのだろうが、いつまでも他に婚約者を作らないというところを見るとわたしのことを意識してくれているのではないかと期待させられた。
ラオネルの巫女は、どれだけ遅くとも20歳までには必ず結婚をしなければならない。20歳を超えても純潔のままでいると、巫女の加護の力は消えてしまうのだそうだ。なので、早々に結婚をして巫女の加護の力を安定させなければならないらしい。結婚し、純潔を散らすとその力はより強力になるとも言われている。結婚せずとも純潔を散らす方法はあるそうだが、それには色々な問題があるため結婚する必要があると言われている。そもそも純潔ってなんだろう?と思い、ベアトリスとともに色々な人に聞いてみたものの、誰も具体的に教えてくれなかった。もう少し成長したら自然に分かるようになるし、なにより結婚して男性と共に過ごしていれば自然についてくるものなのだそう。純潔とは不思議なものなのだな。
「リーズ、今日王城にお父様が来るからちょっと時間を取ってくれ。」
バシュラール姉妹のために準備されているかわいらしい雰囲気のサロンでベアトリスと共にお茶をしていたら、そこにローランが来て父の来訪を告げられた。
「お父様が?珍しいですわね。何か緊急のことかしら?」
「お姉様にお話?どちらにしても久しぶりにお父様にお会いできるのですね!楽しみです!」
「そうだね。リーズにとっては吉報だと思うよ。良かったな。」
「えぇ?なんでしょうか。お兄様にそんなふうに言われたら期待してしまいますよ?」
「期待しておけ。多分飛び跳ねて喜ぶことになる。」
ローランはニコニコと微笑むと、その場を後にした。
数刻後、呼ばれてベアトリスとともに来客用のサロンの方へ移動する。そこには、普段はバシュラール領で辺境を守っているお父様と、ジェラルド付きの近衛兵であるローランとエグモント、そしてもう一人、エグモントの父であるキルシュネライト侯爵がいた。思いがけない人物が揃っていたので、慌ててベアトリスとともに、カーテシーをする。ソファに座っていた全員が立ち上がりニコニコと笑いながら二人を迎え入れてくれた。
「リーズ、ベアトリス。久しぶりだね。元気にしていたかい?会えて嬉しいよ。」
「リーズ嬢、ベアトリス嬢。突然の面会でびっくりさせてしまったね。元気そうでなによりだ。」
父もキルシュネライト侯爵も気さくに話しかけてくれた。
「お久しぶりでございます。侯爵、お父様。」
「お久しぶりでございます。」
二人で緊張しながらご挨拶をさせていただく。そうしている間にソファへ座るよう勧められ、ベアトリスとともに着席した。
「早速だけれどね。リーズもそろそろ将来の相手を決めなければならないからね。ベアトリスは先日婚約を結んだから良いけれど、リーズは心のなかではもうひとりしか考えられていなかったのだろう?」
父からそんな事を言われ、恥ずかしさでいっぱいになった。わたしにとって、エグモントしか考えられないのは間違いないが、こうして父に、彼らを目の前にした状態でその事を具体的に言われると羞恥心が沸き起こる。多分今、顔から首まで熱が上がって真っ赤になっている。前を向くのが照れくさくて思わず下を見た。横に座るベアトリスがキュッと私の手を握ってくれた。
「ローランからも話は聞いているし、リーズの想い人はとても素晴らしい人物だということも間違いないようで、リーズをお任せしても良いと思ってね。侯爵に打診をしてみたら、了解を得てね。」
「え!」
父が最後まで言う前に、思わず声が出て顔を上げる。エグモントが、柔らかい笑みを浮かべている。本当に?
「エグモント・キルシュネライト侯爵令息との婚約が決まったよ。」
「リーズ嬢。君は将来のラオネルの巫女だ。うちのエグモントが貴女にふさわしいかといったらまだまだ足りない所も多いだろうけれど、エグモントのことをよろしく頼むよ。」
侯爵が優しく微笑んだ。皺が刻まれた笑顔がエグモントそっくりで、この人も信頼に値する人だと感じられた。
「リーズ嬢。僕がふさわしいかといったらまだまだ全然足りないと思う。貴女は特別な存在だから、僕なんかでは本来はいけないと思っている。けれど相応しくあれるように頑張るから、これからよろしくお願いします。」
「お姉様、良かったですわ!大好きなエグモント様と一緒になれるなんて、私も嬉しいです!」
「も、もう!ベアトリスったら!」
エグモントが柔らかく優しい笑みを私に向けてくれた。本当に、ずっと想っていたエグモントとわたしが?婚約?
ラオネルの巫女として、ある程度の家格が釣り合う相手としか繋がれないと思っていた。エグモントは侯爵家の跡取りだから、対象としては大丈夫だろうとは思っていたけれど、ベアトリスが筆頭公爵家のジョシュと婚約を結んだ以上、わたしも同等もしくはそれ以上のお相手になるのではと感じていた。また、年齢差がそれなりにあるので、そういう意味でも許されないのではと危惧していた。なによりこちらが好意を伝えていても、なんとなくはぐらかされていたのだ。無理だと思っていた恋がこんな形で結ばれるなんて。こんな夢みたいなことがあっても良いのかしら?
色々と考えていたら、涙が浮かんできた。
「リーズ?大丈夫か?」
「お姉様の涙は嬉し涙よ。」
ローランが慌てふためく。ベアトリスも目を潤ませながら皆にわたしの状況を説明してくれる。けれどもうまく言葉が出せないほど嬉しかった。ぷるぷると震えるわたしを見て、すっとエグモントが立ち上がり、わたしの側にきた。そして、そこで跪き手を取った。
「リーズ嬢。末永くよろしくお願いします。」
エグモントが、わたしの手の甲にそっと口付けると同時に、ぶわっと涙が溢れ出てきた。
「エグモント様。こちらこそ、よろしくお願いします。ずっとずっと一緒にいてください。もう、嬉しくて・・・」
ベアトリスにハンカチを渡され、目を押さえる。跪いたまま、エグモントがわたしの顔を覗き込んできた。ライトブラウンの瞳にわたしが映っている。ぐちゃぐちゃな顔なのに、エグモントはニコリと微笑んだ。
わたしは本当に幸運なのかもしれない。