02 エグモントとの出会い
夕方頃、様子を見ながらわたし付きの侍女と一緒に王城の広間の方へ行くと、大勢の若い学生たちで溢れていた。この人達がもうすぐここで働くようになるのね・・・などと考えながら、キョロキョロと周囲を見渡すと、ローランの姿を見つけた。淑女の礼を欠かさないよう、それでいてびっくりさせようとそっとローランの方へ近付き声をかける。
「お兄様。決起会ご苦労さまです。」
「リーズ!今日のこと言っていなかったのに知っていたのかい?」
声をかけると、ローランは少しびっくりしたように振り返った。どうやら驚かせるのは成功したようだったので、思わずにっこりしてしまった。
「うふふ。驚かせるのは成功しましたね。今日お兄様がこちらに来るというのを先生から聞いたので、お会いできるかと思ってのぞいてみました。」
「それは嬉しいなぁ。今はリーズと毎日会えるわけではないからね。」
「わたしもお兄様にお会いできて嬉しいです。」
キュッとローランと軽くハグをする。兄の匂いは温かみがあって大好きだ。
「ローラン、こちらは噂の妹君?」
ローランの隣りにいた、ローランよりも顔半分ほど背の高い男の人が声をかけてきた。ふと見上げると、赤みがかったブラウンヘアに、意志が強そうなライトブラウンの瞳がきれいな、精悍な顔つきの男の人がそこにいた。
「あぁ、エグモント。リーズ、挨拶をして。こちらは僕の親友で、キルシュネライト侯爵家の長男、エグモントだよ。」
「バシュラール家長女、リーズ・バシュラールです。よろしくお願いいたします。」
そっと頭を垂れながら頑張って練習したおかげで最近褒められるようになったカーテシーをした。
「エグモント・キルシュネライトです。ローランとは仲良くさせてもらっているから、君のことはよく耳にしています。リーズ嬢、よろしくおねがいします。」
片手を胸に添えながらそっと頭を垂れる姿に、わたしは思わず見惚れてしまう。ローランの親友だというエグモントは、すごく大人に感じられた。
「エグモントは僕と同じ騎士課程で切磋琢磨してきた仲間だよ。一緒に今度から王城で騎士として働くからまたどこかで会うこともあると思うよ。」
「お兄様と一緒に?とっても優秀なのですね!」
「ローランにはなかなか敵わないけれどね。王城で働くことが決まってホッとしていますよ。」
「なにを言ってるんだ、エグモント。君のほうが数段優秀じゃないか。卒業試験も圧倒的な首位だっただろ。」
「まぁ!お兄様がトップだと思っていました。」
「悪いな、リーズ。僕は常にエグモントの次だったよ。どれだけ頑張っても剣術以外は勝てなかった。」
「剣術だけは敵わなかった。」
ローランとエグモントは一瞬顔を見合わせると、プッと吹き出した。どうやら剣術以外はエグモントのほうが上で、剣術だけはローランのほうが上ということらしい。どちらにしても二人がトップクラスの成績であったことは間違いないようだ。そもそも剣術に関しては、ローランは辺境の騎士たちに幼い頃から鍛えられているのだ。ローランに敵う相手はなかなかいないだろう。
「お兄様もエグモント様も素晴らしいですわ。そんなお二人が王城勤めになるなんて、王城の安全が増しますわね。」
ローランはそんなことをいうリーズをぎゅっと抱きしめると、「妹がかわいすぎて苦しい。」などと言った。そんなお兄様のこと、わたしも大好きですわ。
「それで、お二人はどこの所属になるのですか?」
「本来ならば王国騎士団の一番下の階級になるけれど、学園での成績が良かったからね。近衛の所属にいきなりなれた。」
「え!それはすごいことなのではないのですか?」
ローランは誇らしげだ。エグモントはそれほど表情に出る方ではないようだが、口元が笑っている。
「あまり例がないかな。年に一人いるかいないかのところ、今年は僕とエグモントの二人が選ばれたからね。最初は一番下の階級だから誰に付くとかは決まっているわけではないけれど、王城で主要な方々の警備に当たるよ。リーズのことを護ることもあるかもしれないな。」
「お兄様やエグモント様に護ってもらえるなら安心ですわね。」
兄に護衛をしてもらえるかもしれないという話にまたもやテンションが上がる。兄と一緒にいられる時間が増えるかもしれないなんて。わたしは幸運なのかもしれない。
決起会は解散となり、ローランとエグモントは学生寮に戻るという。王城の入口までわたしもついていきお見送りをする。
「お兄様。また週末にはいらっしゃいますか?」
「来たいのは山々だけれど、卒業まで片付けなければならないことが多くてちょっと分からないんだ。来られないことが分かったら手紙を書くから。けれど来月からは王城勤めだからね。いつでも時間さえあれば会える距離だから、すこしだけ我慢できるかな?」
「わかりました。お兄様が王城勤めになる来月を今から指折り数えて楽しみに待っていますわね。」
ニコッと微笑むと、ローランも満面の笑みを返してくれる。それを横からエグモントは微笑みながら見つめていた。
リーズは、ローランとエグモントを見送り、自室に戻ろうとした。
「おい。」
突然後ろから声をかけられ、思わず振り返ると、護衛の騎士を連れたジェラルドがそこにいた。
「ローランは来月から近衛らしいな。」
「えぇ。お兄様でしたら、学校をトップクラスの成績で卒業となったので、最初から近衛の配属になったと今聞きましたわ。」
「ローランが強いのは知っている。だからといってリーズが偉いわけじゃないからな。」
「そんな事分かっていますわ。」
「あと、ローランの横にいたアイツ誰だ?」
「エグモント様ですか?わたしも先ほど紹介していただいたばかりですが、キルシュネライト侯爵家のご長男だそうです。お兄様と一緒に近衛に配属だそうですわ。」
「あいつも近衛なのか。なんかリーズにいやらしい目を向けていたぞ。」
「はい?!そんなことあるわけないでしょう?」
「いや、あいつはやばいぞ。あんまり近付いたら酷い目に遭う。」
さすがに呆れた。あの一瞬でそんなふうな目で人を見ているなんて、この王太子殿下は大丈夫なのだろうか。
「人を常にそういう目で見るのは良くないですわよ、シャル。」
「常に疑ってかからないと痛い目に遭う。」
「王太子殿下はあちこちに危険がないか意識しながら生活しないといけないから大変ですわね。」
「そりゃそうだろう。いつどこで誰に命を狙われるかわからないからな。」
「良い人と悪い人の区別が早く出来るようになることも王太子殿下として必要な能力ですわね。」
ジェラルドと話をするのが面倒になり、捨て台詞のように言い放つとそこを後にしようと歩き出した。なのにジェラルドがすぐ後ろからついてくる。
「気をつけろよ。リーズだって人から狙われる立場だ。」
「分かっております。まだ力はなくとも、未来のラオネルの巫女ですから。」
ジェラルドは、心配しているのか意地悪で言っているのかよく分からないような口ぶりでそんな事を言ってきた。そもそもエグモントがいやらしい目でってどんな目だ。どちらかというと眼力が強く意志の強いはっきりとした目だった。賢そうで優しそうで。素敵な大人の雰囲気があった。
それがわたしとエグモントの出会いだった。