01 王城での生活
王城での生活がはじまって1年が経った。その間、家が恋しくなるかと思いきや、週末にはお兄様が遊びに来てくれるし、王様も王妃様も時々わたしのことを気にしてくださるし、回りのことをしてくれる侍女の方達もとてもよくしてくれるし、お勉強を教えてくれる先生たちもとてもやさしいし、時々お父様のお姉様である公爵夫人の伯母にも会えるし、なにより王城のお庭から続く小さな森は、ラオネルの石碑がある辺境の森によく似ていてわたしの心をなぐさめてくれた。家にも全く帰れないわけではないので、家族にも絶対に会えない訳では無いし。わたしがさみしくないようにと、お父様がまっ白なねこをプレゼントしてくれたので、わたしの部屋で一緒に過ごさせてもらえている。ねこの名前はイマキュリ。まっ白で汚れがないという意味だよとお兄様が名付けてくれた。こんな風に家族と別れて過ごしていても、わたしの生活は充実していて幸せだなと思えた。
そうしてあっという間に1年が過ぎた。わたしの中でラオネルの巫女になる覚悟のようなものが芽生えているのがなんとなくわかった。いずれわたしはこの国のために備わる力を使う。そんな将来にわくわくしていた。
今日も今から文学のお勉強。お勉強は、わたしとジェラルド王太子殿下、そして筆頭公爵家当主でもあるヴィオネ宰相閣下の長男のジョシュ・ジルベール・ヴィオネも参加して、だいたい3人で先生から教えてもらっている。ジョシュとわたしは同じ年だけれど、ジェラルドはひとつ上。ジェラルドは幼い頃に体が弱かったから、ジョシュやわたしよりも体は細くて小さい上にかなりワガママな性格をしている。もう体の調子は問題ないそうだけれど、お勉強の時間にはジェラルドの気分次第で先生の授業がストップすることもよくあって、その度にわたしとジョシュはため息をつくことになった。
「本なんて読んだところでどうせ作り話だろ?こんなものなんの役にも立たないのになんで勉強する必要があるんだよ。」
今日もジェラルドはご機嫌ななめのよう。人間が森を荒らしたことで住むところが無くなった鳥のお話。自然と動物と人が一緒に生きていくためにはどういうふうにしなければならないかということを考えさせられていたけれど、ジェラルドにはその意味がわからないみたい。
「シャル。わたしの住んでいた辺境の、ラオネルの石碑がある森は自然でいっぱいで動物もたくさん住んでいるのよ。そこに行くとすごくやさしい気持ちになれるの。あの森はわたしにとって大切な場所なの。だから自然と動物と人間が一緒に生きていくってそういうことだと思うわ。みんなにとって大事な場所なら一緒にその場所を大事にして生きていけるでしょう?シャルにもそんな場所があればいいのに。」
ジェラルドのミドルネームはシャルルなので、わたしやジョシュはジェラルドのことをシャルと呼んでいた。
「リーズは田舎娘だからな。田舎のニオイが染み付いてる。だから動物なんて傍においておくんだよ。ねこと一緒に生活するとかありえねー。」
「言い過ぎだよ、シャル。イマキュリはあんなにかわいいのに。」
「別にわたしが田舎娘と言われても本当のことだから構わないけれど、イマキュリのことはひどいこと言わないで。」
「俺は心も体も繊細だからねこがそばに寄ってくると体調悪くなるんだよ。そんななのに自然と動物と人間が共存なんてありえないだろ!」
「別にねこに限ったことじゃないのではないかしら。このお話の中も出てくるのは鳥でしょう?シャルがねこを嫌いなことはよくわかったけれど、イマキュリはわたしの大事なお友達だからわたしの部屋に近づかないほうがいいわ。」
「シャルはねこがきらいなの?」
「ねこなんか嫌いだ!あんな奴らかわいくもなんとも無いじゃないか!」
「イマキュリは人懐こくてかわいいのに。もう二度と近寄らないで!」
大好きなイマキュリのことを散々言われて、わたしもちょっとカッとなった。ジェラルドは何かに付けてわたしに文句を言ってくる。わたしのような田舎娘のことはどうしても気に入らないらしい。イマキュリのことを嫌いだと言われて、くやしくて目に涙がたまった。でも泣かない!泣いたらジェラルドにまたバカにされる。そもそもイマキュリは王都生まれの王都育ちだ。田舎育ちのねこではないもの!
「はい。そこまでにしましょう。殿下、動物は猫だけではありませんよ。鳥も鹿もうさぎも狼も熊もみんな動物です。リーズが暮らしてきていたバシュラール領は一度行ったことがありますが、自然豊かで人々がその自然の中の恵みを分け与えて貰いながら豊かに生活されていました。そうですよね、リーズ
「はい!先生。森に行けば木の実や果物が取れますし、かわいいお花も咲いています。川の水もきれいですし、動物たちはその水を飲んで生きています。怖い動物もいるけれど、わたし達も動物を狩っているから動物からしたら人も怖いのかもしれません。」
「それも自然の摂理です。人も動物も自然の恵みを得ながら生きています。そしてまた、人もいつか自然に還っていくのですよ。ラオネルの教えでは、人は自然に回帰し、そしてまた何らかの形で生を受けると言われています。そうやってずっと回っていくのですね。そこに飾られているお花も、もしかすると元はわたし達のご先祖様だったかもしれませんよ。だから生きるもの全てに感謝していかなければなりません。そういったラオネルの教えから分かることは、仲良くするのは動物だけではありません。人と人も、ですよ。」
先生は、勉強の中でもラオネルの教えについて色々と話ししてくれる。ラオネルとは、この国にとって大切な考え方だ。それは神であり、象徴であり、土台であり、全てなのだと大人は言う。ラオネルの教えは、バシュラール領の森にあるラオネルの石碑に書かれているから、わたしは本当に小さな頃から何かに付けてその教えを聞かされてきた。だからここにいる3人の中では一番ラオネルのことを知っているという自信がある。なにより、わたしは未来のラオネルの巫女だから、ラオネルのことは誰よりも知っていなければならないのだ。
「ラオネルの教えなんていうけれど、俺は俺だからそんなのどうでもいい。」
「シャル!ラオネルの教えはこの国が平和であるためにあるんだよ。王太子の君がそれに背いたら国が傾く。」
「ジルはすぐにリーズの肩を持つ。リーズのことが好きなら好きっていえばいいのに。」
「シャル・・・君って人は・・・」
ジョシュはミドルネームがジルベールなのでわたし達はジルと呼んでいた。
「ジルはそんなじゃないわよ。どうしてそういうふうにしか考えられないの?ラオネルの石碑に書いてあったわ。ラオネルの教えは国が平穏安念であるために大切なんだって。」
ジェラルドはラオネルの教えにずっと興味がない様子で、この話になるとよけいに反抗的になる。まさかジルのことをそんな目で見ているなんて信じられない。けれど、この国にあってラオネルの教えは絶対だもの。石碑に書いてある。ラオネルの教えを守っている限り、国は平和であり続けるのだと。実際にラオネルの教えを守り続けてきたおかげで、この国は長い間平和で落ち着いている。それには巫女の加護の力も大きく影響しているけれども、一人一人がラオネルの教えを守っていることで、伯母様やわたしやベアトリスのような巫女が生まれるから。その巫女の加護の力が国を護っていくのだ。
「未来のラオネルの巫女様はお偉いんだよな!俺は未来の国王だぜ?どっちが偉いか分かるか?!」
「別にラオネルの巫女は偉くないもの。未来の国王なら国に対して責任があるのよ。偉い偉くないの話をする前に、誰からも尊敬されるような人になって。そうしなきゃ誰もシャルに付いてきてくれないわよ。」
結局今日もジェラルドの言いがかりから授業が荒れていく。わたしもこうして反論してしまうのが悪いのかもしれないけれど、先生はいつも穏やかな目でわたし達を見ていた。横にいるジョシュは、そうやって荒れるジェラルドに対してはいつも冷めた目でみていた。わたしのことが好きだなんて訳の分からないことを言われたらそりゃそうなるに決まってる。ジョシュはきっと、ジョシュのお父様のように宰相になることが義務付けられているから真面目に勉強したいと思うのに、上に立つ未来の王がこんな調子では嫌にもなるだろう。
「殿下、リーズ。この辺にしましょう。殿下はもう一度このラオネル録を読んでおいてくださいね。」
先生から子供向けに編集されたラオネルの教えが書かれたラオネル録を差され、ジェラルドはムスッとしていた。
「そういえば、今日はローランが来ると思いますよ。」
「え!お兄様がですか?週末でもないのに!」
「ええ。もうすぐ学園卒業ですからね。学生で今後のことについて王城で勤める予定の者は、今日決起会があるので来るはずです。」
「そういった予定だとすると忙しそうですね。お兄様に会えるかしら。」
「夕刻頃に広間の方へ行けば会えると思いますよ。」
ローランに会えるかも!と思うだけでテンションが上った。さみしくないとはいえども、やっぱり家族に会えるのは気の持ちようが変わるものだ。
ローランは現在15歳。我が国の貴族学校は12~15歳の4年間で、ここで貴族として大人になるための最後の仕上げのような勉強をする。基本的な学問に貴族としての知識、ラオネルについて、マナーや礼節、男性なら剣術などの体術、女性ならレース編みや刺繍、お茶などの知識らしい。そして15歳の初夏に卒業だ。卒業まで後1ヶ月。ローランは王城勤めを希望していた。これもわたしや来年こちらに来ることが決まっているベアトリスのためであった。いずれバシュラール領を守ることになるが、まだお父様が元気に領主をしているうちはわたし達のそばにいろと言われているのだ。ローランは辺境を守るものとして、学校では騎士課程に行っていた。王城勤めをするにしても、騎士として働くことを希望している。
先程までのジェラルドとのやり取りなどどうでも良くなるくらい、ローランに会えるかもという楽しみが勝ったわたしは、勉強道具を片付けて軽くあいさつをすると足取り軽く自室に戻ってローランに会う準備をすることにした。