第二章
上空の薄い雲を見ていると、スーツ姿の若者とすれ違った。コツコツと忙しなく靴を鳴らし、バス停に向かっているようだ。
その人が去った所は、おしゃれな整髪料の香りが漂っていて、晶は反射的に振り返り、匂いを嗅いだ。
このいい香りはなんだ。追いかけて、何をつけてるのか聞き出したいぐらいだ。晶は残り香を脳裏に焼き付けようと、一生懸命に空気を吸った。しかし、何秒かすると何の匂いもしなくなって、跡形もなく消えた。
晶が立ち止まっていると、犬は痺れを切らして進もうと引っ張った。家々で日陰になったアスファルトの道で、犬の爪音が響く。
無いものに後ろ髪を引かれながら、晶はとぼとぼ歩いた。
車や行き交う人が増えてきて、晶はハッとした。いつしか朝陽も強くなっている。
「帰ろう」と言って先に小走りすると、犬はあっという間に晶を追い抜かして先頭を切った。グイグイ腕を引っ張られる晶は、なんだか小癪だなと思うのだった。
ひとまず犬を庭に放し、窓から掛け時計を見た。七時十五分。晶は真っ青になって、玄関へ駆けて行った。
玄関のドアをまた無頓着に閉めて、リビングのドアも放って閉めた。そして水道の水をゴーゴーと出してコップを一気に溢れ返すと、こぼしながら飲んだ。
「朝から何してるの」
ダイニングのドアを開けるなり、ボサボサの頭で、晶の父は言う。
「犬の散歩してたら遅くなっちゃったの。早く学校に行かなきゃ」
晶は、またコップをゴーゴーと水道ですすいだ。
「水が飛び散るからやめなさい。学校って、今日は土曜日だよ?」
晶の父は、目をショボショボさせて言った。