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夕陽から飛び出して来い   作者: 木畑行雲
第四章『あ』と言ったら『うん』と応えて!?
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第七章

 何度も言う晶の言葉を、華子は近くにある紙とペンで急いで書き留めた。

 二人は今度は落ち着いてその紙を読んだ。母が仔猫を助けようとしたのは分かった。しかし、なんでジルは私たちと会えたのだろう。たまたまなのだろうか、それとも何か特別な縁があったのか、理由があるなら知りたい。

「ねぇ、なんでお母さんはジルを助けたの?何か意味があるの?」

晶は真剣な目をして、小鬼に聞いた。

 座布団の上で寛いでいた小鬼は急に怯えるような目をして、考えながら答えた。

「えと、あの。聡美さんは、ジルを良い人に会わせようと散歩する人が多い川沿いに行かせて、天春家が拾ったってことだ」

「それは分かるよ、うん」

「で、良い人の中で一番はじめに、家族のことを思い浮かべたようだね」

「それで?」

「それで?え、あの。でも、聡美さんの願いが叶ったというよりは、天春家が予想外な方法で機会を得たのかもしれない。わても一瞬しか見えなかったから、始めは聡美さんの願う気持ちからきっと天が叶えてくれたんだと思ったのよね」――「それに……、実は、わてもジルベールを助けたくなってしまって、だから味方してつい運命めいた言い方を……」

小鬼はみるみる弱気になって、ついには項垂れてしまった。

 小鬼の姿を見ながら晶はときめいていた。「助けたくなった」という言葉を聞いた瞬間、嬉しくて小鬼の肩を強く掴みたくなる程、小鬼を見直していた。


「そうだったんだ。あの時……」

 

 白梅の香りが漂う春先の緑道で、大人四人と小鬼と柴犬に取り囲まれて、ジルは目も口もよく判別のつかない顔をしてクローバーの中に座り込んでいた。まだ草も木も目覚めたばかりの寂しい小道で、そこに居るのもやっとという様子のおぼつかない体で寒さに身を縮めていた。仔猫の丸まった背中で、灰黒く柔らかい毛先が震えていた。そして仔猫が弱々しい声を上げると、小さな身体が傾いて倒れそうになるのを、誰もが哀みの眼差しで見詰めていた。


「皆、味方したい気持ちだったよね。気に病むことないよ」


付け加えた晶の言葉に、小鬼は肩の荷を下ろしたように、すり合わせていた手を離して「うん」と、申し訳なさそうに頷いた。

 思っていた答えとは違っていたが、それよりも小鬼と話している内に母らしい接し方も思い出して、晶は「そうだった」と一緒にいる時は当たり前にあったものが胸に広がった。

 母はその時にできることをしただけなのだ。相手の事情を理解して、ちょっとだけ手を添えて。そういう風に過ごしてた。

 思えば、月を見ている間は何もかもが一緒いた頃の感覚のままでいられた。お母さんの声、歩く姿、好きな服、笑った時の顔、手の節、触れてるみたいだった。触れてるみたいだったんだけど――。

 

 ぼんやりしながら、華子に事のあらましを話して、小鬼の疑問も話した。

「不思議なのは、お父さんだよ」

「え?」

「お母さんの無いに等しい匂いというか何かを外に嗅ぎ取っていたんだからね」

「ねぇ、小鬼さんなんて言ってるの?声が聞こえないと不便だね」

「あぁ」

華子の小鬼の声が聞こえない境遇を理解しながらも、もっと浸りたい気分だったから、晶はぶっきら棒な返事でやり過ごした。

 小鬼は思いついたように晶に言った。


 小鬼「クロードの音楽ながして」

 晶 「え?」

 華子「何だって?」

 晶 「クロードの音楽流せって」

 華子「え?クロード・ドビュッシーの事?最近私が聴いてる音楽?」

 小鬼「クロードの音楽と波長が合うから、わての声が聞こえるかもしれない」

 晶 「クロードの音楽と波長が合うから声が聞こえるようになるかもだって」

 華子「流す流す、ちょっと待ってて」






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