第七章
台所でヤカンに火をかけていると、リビングから理太郎の笑い声とテレビの音がする。
「左側の腰ら辺がさ、ホンワリして暖かかったな」
華子はぼんやりと言った。そして、
「隣にいるだけで、なんかこうホッとする感じがあるんだよね」
と、小鬼から受け取る感じをしみじみ語り始めた。
聞けば聞くほど晶は共感して、自分の感じていたことは間違いじゃないんだと思った。
そして、小鬼が言っていた母のことを話した。
小鬼の存在を知ってもらって、それから順番に少しづつ話そうと考えていたのに、話し出すともう止まらなかった。ジルのことも話して、もう全部出し切ったと思った頃には、口が乾いて、冷たい水道水をコップに入れていた。
「じゃあ、あれは私の空想じゃなかったのか」
と、華子は言った。
小鬼と月を眺めていた時に、十秒ぐらい月の中に、干し柿を楽しそうに吊るしているお母さんが映画みたいに映っていて、とても幸せな気分になったのだという。
それに、ジルがお母さんに話しかけられている所も一瞬映ったと華子は話した。
母とジルの間に一体何があったのか、二人は小鬼に聞いてみようと話し合った。
熱いお茶を持って二階へ上がり、部屋のドアを開けると、冷んやりした風が吹き抜けて、マグカップの湯気が散り散りに飛ばされた。
小鬼は、もうすぐで林に隠れてしまいそうな月を窓の縁に寄りかかって見ている。そして二人が戻って来たのに気づいて、
「さっきから気配がやかましいんだよな、まったく。ここにおいで」
と、言った。
晶は華子に小鬼が言ってることを伝えて、二人で窓辺に寄った。
「月を見てるんだよ」
と、小鬼が云うので、晶もそう華子に云う。
見たことのある川に濃い朝靄がかかっていて、遠くからお母さんと友達らしき人物が並んで歩いてくる。
二人は、露に濡れた春の花や夏の花を指差しては、何か話している。
段々声が聞こえてきて、「かわいいね」とか「きれいね」と言っている。
川原の砂利の中に紫鷺苔とクローバーの白い花が群生していて、二人はそこへしゃがんで花々を眺めだした。
四つ葉のクローバーでも探しているのだろうか、晶と華子が見守っていると、お母さんが驚いたように何かを見つけた。
黒くて小さなぐんにゃりした生き物。それを手に乗せると、お母さんは話しかけた。
「猫ちゃん。ねぇ、この川沿いにあるクローバーの沢山生えた緑道に行ってごらん。この草ね。もしかしたら、今度は良い人に会えるかもしれないよ。私、今日はずっとそう願ってるから」
お母さんがそう言い終えると、黒い生き物はフッと手の中から消えた。そしてお母さんは、立ち上がると友達と笑ってまた歩いて行ってしまった。
そこでハッと目が覚めたようになると、月はもう半分林に隠れていた。
華子は隣で、
「なんて言ったのかなお母さん。あの黒いのジルだよね」
と、首を傾げた。
晶は急いで、母親の言ったことを繰り返し言葉にした。忘れないように、華子に覚えてもらえるように。