第七章
「お姉ちゃん?」
ただ前を見る華子に、晶は言った。しかし、華子はそのまま動かずにいる。普段は、知的で器用な物の見方をする人がずっと黙っていると、胸の内の衝撃が想像されて、晶は見過ごせないような気持ちになった。
「お姉ちゃん大丈夫?」
晶は、華子の顔を覗き込んで、どのような気持ちでいるのかを確かめようとした。
案外、落ち着いた顔をしている。何かを観測しているようでもある。
晶は華子の気が済むのを待つことにして、華子の足下に屈んで犬の頭を撫でた。犬はこんな時でも明るい顔をしていつも通りだから、その調子につられて晶も笑顔になった。
「なるほど」
華子はそう呟くと、晶に言った。
「小鬼さんがいる所は少し色が綺麗に見えるよね?」
晶には何の事だか分からなくて、
「あぁ、そうなのかな。私には姿が見えるんだけど――」
「もしかして今、木陰のタイヤが並んでる所にいる?」
「いる!」
「左から二番目のタイヤの所?」
「そうだね!」
晶の感激が詰まった返事に、華子は笑顔になって満足したように何度も頷いた。華子が、自分とは違う形で小鬼が見えてる事に気づいて、晶は興奮した。思わぬ収穫だ。
夕食後、華子は晶の部屋にノックをせずに入ってきた。部屋の中をキョロキョロ見回して小鬼を探している。
最近、温暖な時期になってきたこともあって、小鬼は毎晩窓を全開にして窓辺に座って月を見上げている。とは言っても、夜が更けるとやはりまだ冷えてくるので、晶はいつも布団の中から月見をする小鬼の背中を視界に写しながら、漫画や画集を眺めていた。
「こんばんは」
華子は窓辺に腰掛けて言った。華子の小鬼を見つめる目には好奇心がきらめき、話したくて堪らないといった様子が伺える。
「なんだよお?」
小鬼はふてくされたように言った。
晶は、見たことのない小鬼の反応に驚いて、ベッドから体を起こすと窓辺に駆け寄った。
小鬼は晶を見ると、
「地球から見る月は綺麗だね」と、言う。
「綺麗だね。ねぇ、怒ってるの?」と、晶が聞くと
「なんで?」と、小鬼は言う。
「だって、お姉ちゃんにすごいぶっきら棒に答えるから(小声で)」
「だって、今、月がいいとこなんだもん」
晶は、華子に小鬼が月見を楽しんでいて、今は話すのに都合が良くないことを伝えた。
華子は了解すると、体の向きを変えて月を眺めた。白銀のような、白金のような、なんとも綺麗な月は、見つめていると良い気持ちになった。少しづつ動いて、裏の林に近づいている。
華子はいつしか晶の部屋に来た目的を忘れ、夜風に冷えた体を温めようと階下へ行こうとした。
「お茶入れるけど、あんたもいる?」
「うん、一緒に行く」
部屋を出ると、廊下に溜まっていた温かさに包み込まれた。