第七章
だけど、放っておいても、ただ疑問はそのまま残っているのは分かっていて、忘れることなんて出来なそうだとも感じてる。
しかし、そもそも晶にとって、自分だけが知っているという状態はもうとっくに手に負えていないのだ。いい加減沢山だという気がしている。誰か一人でいいから、分かってくれる人が欲しい。同じようによく分からないことを一緒に知ってくれる人がいて欲しい。
もし、ジルのことを小鬼に聞くとしても、まずは誰かに小鬼のことを話したい。晶は、よく考えてから決行しないといけないと思った。でないと、前のように相手にされないだろうから。
どうやって小鬼がいることを知らしめるか、それはもう前から考えていた方法がある。
翌日、自室で映画を観ながら昼ごはんの代わりにスナック菓子を食べいる華子の横に晶は座った。
「この映画観たかったんだよね」
さも興味があるような振りをして、華子の横顔を盗み見て様子を伺った。
華子は何も言わずに真顔で映画を見ている。お菓子を分けてくれる気配は全く見られない。
しばらく一緒に映画を観ながら、晶は早く終わらないかなと思った。
海が荒れて、怪獣が町を破壊している。昔から、SFや怪獣系の作品には感情が全く動かない為、自分から進んで観ようとは思わないのに、一番エンタメを共有する華子は「社会問題を反映してるんだ馬鹿め」と意味ありげに説いてくる。社会の教科書みたいな映画を何故わざわざ観るのか、晶はため息が出そうになる自分の感情に注意して、時間の長さを必死で堪えた。
やがて映画は終わり、華子は伸びをすると襟シャツを羽織った。
「どこ行くの?」、晶は急いで聞いた。
「どんぐりの散歩。今日私の番だから」
晶は華子の後に続いて、家を出た。
犬は首輪に付いたメダルを鳴らしながら軽快に歩く。華子はバイト先の渡部店長の悪口を話し始めた。
いつもなら半分も聞いていないような話題だが、晶は華子の気分が良くなるような相槌を入れながら、愛想良く聞いた。
華子が上機嫌で話している間、晶は大きな梅林に行くように誘導して歩いた。
つつじの生垣がある小道に入ると、地面を這う植物は濃くなっていて木々にはもう若葉が茂っていた。
赤や白のつつじの花びらが地面に沢山落ちていて、色鮮かな切り絵のようになっている。これには華子も感動したらしく、近くに寄って眺め出した。
若葉が作る光溢れる大きな木漏れ日と、草の上に散らばる赤白の花びら。昼の明るい空が覗く木々の中で、花びらを覗く姉と犬。綺麗な日曜の午後だった。
小道を抜け梅林が出てくると、晶は、
「ねぇ、この中歩こう」
華子は一緒に梅林の中に入り、
「わぁ、もう梅の実なってる、可愛い」と、小枝に指をかけて言う。
梅林の中は影が濃く、木々の隙間から漏れ落ちた幾つもの光は地面でキラキラと輝いて微かに揺れている。初夏の爽やかさが薫り始めていた。
「ちょっと冷んやりするね」
華子は、梅林の奥から吹いてくる風に、腕をさすった。
「お姉ちゃんに、話したい事があるんだ」
晶は、華子を見て言った。しかし華子は引っ張る犬を見たり、林の奥を気にしたり、気もそぞろだ。
「ここにお願いします」
と晶は言って、華子の肩を手で示した。
しばらくして、華子は「あれ?」という表情をした。
「温かいでしょ?」
晶は、見透かしたように言った。
「うん、すごく温かい」
華子はジッとして言った。そして、
「あんたって、体温高いんだね」と、続ける。
「すいません、こちらに」
晶がそう言うと小鬼は梅の木に座った。
「あれ、なんか涼しくなった」
華子は、温度の変化に気付いたがやはりまだ何の為かは分からないようであった。
「すいません、またここにお願いします」
そう晶が言うと、華子の肩は再び温かくなる。
華子は、
「何これ、手品?」
ついに謎の温度差に言及した。