第七章 君の量子に引き寄せられて
猫と遊ぶのが上手いのは誰か。土曜の夜、酢飯と海苔、刺身が並ぶ食卓で晶が言い出した事に皆、「私だ、オレだ」と、言い出した。晶はもちろん自分だと思って切り出したのだが、誰も賛同してくれないどころか予想だにしない展開になってしまった。
誰も気づいていないが、小鬼も「あたいですね」と言っている。最近見た落語のある話が気に入って、今は自分の事をあたいと言うのにハマってる。
ジルは食卓の下で、体を人の脚に擦り付けて回っている。脇の甘い誰かが刺身を分けてくれるのを見越して、こうして甘えているのだ。結局見かねた理太郎が膝に乗せて好きな刺身をくれてやるのがお決まりなのだが、たまにウメや晶がこっそり赤身を指に乗せて食わせてくれることもあるので、ジルは全員を訪ねて回っている。食卓に上がって刺身をかっぱらおうとすると、注意されるだけで良い事がないのを学習して、適した方法を編み出す利口な猫なのだった。
ずっと笑ってるだけで黙っていたおばあちゃんまで、自分だと思っていることが判明して、晶はもうこの会話からは外れようと思った。
手巻き寿司を食べる事にだけ専念して、さっさとテレビでも見にリビングへ移ろう、そう思いながら晶はネギトロを巻いた。
それぞれが、ジャンプさせられるとか、自分と居る時のジルは目が輝いているとか、「ありがとう」といつも目が語っているとか、聞いているとなんとも主観的で浅ましい言い分に、人間はなぜこんなに愚かになれるのだろうと晶は眺めていた。
どこからどう見たって私と遊んでる時の熱中度が一番高いだろうが。晶は、サーモン巻きを食べながらそう思った。
黙って食べていると、小鬼がサーモンとイクラと納豆を一緒にして食べようとしているのが目に入って、晶は思わず、
「え、なにそれ、見た事ない」と声に出してしまった。
「美味しいんだよ」と、小鬼は放っておいて欲しいような言い方をして手巻き寿司を持って背中を向けた。
晶も真似したくなってご飯粒を海苔に敷いていると、
「ジルはいつもオレに親和行動をしてくるんだ」と、理太郎は大きな顔をして言う。
晶は、「へぇ」と心の中で言って、小鬼の真似をして作った手巻き寿司を食べてみた。
「おいしい。これ。皆やった方がいいよ」
晶は、かじった手巻き寿司の断面を皆に見せるようにして言った。小鬼は、自信を取り戻したようにパッと体を光らせて、また同じのを作り出した。
皆、試しに作って食べて、理太郎だけ、
「全部、別々に食べた方が美味しいじゃん」
と、自分の言ってることが当然のような口ぶりで言った。時々このような相手の意見を軽んじるような口ぶりに、理太郎の自信に満ちた高慢さが滲み出たが、家族はたいてい無視という手段でその言葉を隅に追いやった。しかし小鬼は静かに立ち上がり、
「家族には何でも言って良いと思って調子に乗ってるんじゃない?!えぇ?!」
と、言い返して、卓上で理太郎のことを斜め上から睨み付けている。
小鬼の真剣さがピリピリと伝わってくればくる程、怒りを隠さない戦い方の格好良さに、おかしさがこみ上げて晶は自分の顔を手で隠しながら震えた。食べ物の好みに意見されるのは絶対に許せないのだ。
夕飯を食べ終えてリビングでアイスを食べながら、晶は、父の太ももで丸くなっているジルを見た。そういえば、この猫はお母さんと関係があるらしい。何か特別な意味があるのかな、そう思いながらジルを観察していると、小鬼が膝の上に乗ってきてアイスを食べ始めた。冷えたお腹がじんわりと温まる。
晶は、アイスを無邪気に舐めている小鬼を見つめて、なんだかずっと見ていられると思った。犬や猫がご飯を食べているのを、飽きることなく見続けていられる感じとまるで同じだ。
なんでジルが我が家と縁があったのか、その訳は分からないけど、このままでいられたらもうそれでいいような気もする。
食卓では、お姉ちゃんとおばあちゃんが饅頭を分け合って、お茶が濃くなるのを待っている。その前でおこぼれがないか、犬は落ち着かない様子で足踏みしながら、二人を見上げている。
「皮だけだよ」
お祖母ちゃんがそう言うと、犬は尻尾を振って舌舐めずりした。