第一章
何より、もう家族に会えないかもしれない、そう考えると悲しくなった。今頃庭で待っている犬も、夕飯を作っているお父さんも、誰も何があったか知らない間に自分は居なくなるのだろうか。
晶の頬に熱い涙がつたった。目を固くつぶり、涙が溢れるままにして、これまでの人生を思った。
「わしだ、わし」
夕陽から声がして、晶は知り合いなのかなと前を見た。夕陽に隠れて見えなかっただけかもしれないと気を取り戻し、夕陽や広がる茜色の空を見つめた。
しかし誰も居ない。目の前にある雑草の群は夕陽を受けて、金色に透けている。晶は、止めてある車の中もくまなく見たが、やはり誰もいない。
「どちら様ですか」
か細い声で晶は聞いた。
すると、蜃気楼のような揺らめきの中、夕陽がポコっとテニスボールのような赤い玉を吐き出した。
「久しぶりだな」
元気な声がして、真っ赤なものが目の前で転がって着地すると、立ち上がり、姿を現した。
小鬼だ。柴犬よりも小さい。
晶は、夕陽から出てきた者のはっきりとした姿を見ると、落ち着きを取り戻した。どこか懐かしいような、知ったような、そんな顔をしている。
しかし、やはり知らない者のようなのだ。どうしても思い出せないし、知り合ったことがある感じもしない。
「積もる話もある、まあ、帰ろう」
小鬼はそう言うと、晶の肩に乗った。
晶は何も言わず、そして動けなかった。相手の意に添えない時はなんて言えばいいのか分からなかった。しかし、相手は自分を知っているようなのだ。
「――私とあなた様は会ったことがありましたか?」
と、晶は聞いてみた。
「お前の感情が私を語った。1096日前の夕方、夕陽を見て感動したのを忘れたかな」
晶はすぐに理解が出来ず、また黙った。
そして思いつき、聞いた。
「人間が夕陽に感動すると、小鬼さんは生まれるのでしょうか?」
「それだけではないよ、条件がある」