第六章
竹林に囲まれたお茶工場から真っ赤なポルシェが走り出し、瞬く間に町の中へ入った。蕎麦屋、床屋、コンビニ、駅前の風景を次々通り過ぎると、大きな橋が現れる。
「立日橋」、晶はこの時始めてその橋の名前を覚えた。
橋の上から見る紺緑の多摩川。車の窓から入ってくる河と空の匂い。風になびくおじさんの短い髪。フロントガラスから見える道路の白い車線が消えては現れる。
あっという間に立川市に入って、脇道を行くと、車は洗練された店構えのパン屋の前で止まった。立川市に入ってまだ何分も経っていないのに、すぐにこんな所があるのかと晶は感動した。
成海の父は、車からサッと下りると店へ入って行って、しばらくすると黒い蓋の付いた光沢のない深緑の紙コップが乗ったトレーを片手に店から出てきた。黒と深緑、暗い色の組み合わせ方がいかにも都会的で大人らしく見える。
「わぁ、お洒落」、晶は心の中で叫んだ。
「ちょっと、受け取って」成海の父はそう言うと、トレーを成海に渡して車に乗り込んだ。
「丸が付いてるのが君たちのだから取っちゃって」
成海は父親に言われた通り、小さな丸印のついたコップを二つ選び取って、一つを晶に回した。
「頂きます。ありがとうございます」
晶は狭い車内でお辞儀をしながら言った。
「ここのコーヒー美味しいんだよ、ドライブに良いかと思ってさ」
「さいこうです!」
晶は感激して、何度も礼を言った。
コーヒーカップの蓋に飲み口が付いていて、そっと含んでみると、ほんのりと甘いカフェオレだった。車が動き出すと、飲むのに少し手こずったが、コーヒーの香りのする街は見ていて心地が良い。
立川駅の前を通り、行ったことのある駅ビルを車から見上げるといつもと違って見えた。大きくそびえて、ビルのロゴが随分高くにある。街は高いビルと大きな歩道橋で固い立体空間になっている。
駅前に点在するアートオブジェも、歩いている時に目にしたものよりも格好良く見える。晶と成海は、車から見える立川の文化的で都会的な雰囲気にすっかり魅了されて、あれこれ指差した。車から見てるだけなのに、一瞬一瞬がお洒落な映画のように鮮やかな場面に見える。
「立川は面白いよなぁ」
成海の父はそう言うと、立川の景色を存分に見せようとモノレール沿いの新しい道を走って、開拓が続くシティの端まで行ってくれた。そして、そうこうしているとまたあっという間に立川を去り橋を渡って途中の多摩川の河川敷に程近い道に車を寄せた。
「ちょっとなら大丈夫だろ」と、二人を誘うように外へ出た。
「うーん」と、晶も成海も外へ出て体を伸ばした。そしておじさんに付いて土手にある小さな階段を登って、三人は端から端まで無言で多摩川を見渡した。
真っ直ぐに続く土手の斜面全面に植物が茂り、そよぐ風に草原が波立つ。空の高いところでは鷹が翼を広げて留まっている。川の近くには畑が広がり、土と草の匂がしてホッとする。
見渡すとさっき渡った橋の先には、立川市と建物が沢山ある。
「やっぱり日野はいいね」
三人は、土手に腰掛けて残りのコーヒーを飲みながら、お喋りした。