第六章
五日後、また成海と帰ろうとしていると、くつ箱の所に村田がいた。カバンを前に抱えてふてくされたような顔をして壁に寄りかかっている。
「うわわ」と、成海は引き返し、晶は「えぇ」と、覗き込んだ。
成海も晶も、どうしていいか分からなかったが、面倒なことを避けたくて、それ以上前に進むことが出来ずにいる。
しかし、この日はどうしても二人とも時間通りに帰らなければならなかった。成海の父とポルシェでドライブをする約束があるのだ。
「一度だけだぞ」と、言われているから、この機会を逃すわけにはいかない。成海ですら家族用の車にしか乗ったことがないのだから。
「息を殺して、行く?」と、晶が言うと、
「そうだね」と、成海は小声で言った。
しかし、息を殺してくつ箱に近づくと、早々に見つかってしまって、またしても村田は晶と成海の間に割り込んできた。
「私たち急いでるから」先に成海は宣言して校門を出ると、早歩きで道路を渡る。その姿を追いかけるように晶も駆け出しながら前だけを向いていた。
学校の近くにある土手沿いの道に入ると、
「話したい事があるから、今日電話するよ」と、村田は晶の後に付いて言った。晶は、そんなのは絶対嫌だと思って言った。
「いや、今聞くよ、なに、早く」
「じゃあ、ちょっと待って」
村田は立ち止まって、晶の前に立った。そして三歩先にいる成海に聞こえないように言った。
「お前も色々考えてるかもしれないけど。もしもさ、お前が俺と付き合いたいって告白したら、その時は俺、真剣に考えるよ?だから、そのことを踏まえてよく考えた方がいいよ。な?」
真面目な顔で晶を見据えている村田を、晶はぽかんと見つめた。何か言ってるのだけど、何を言ってるのかよく分からない。晶が口を開けたまま黙っていると、村田は手を軽く上げて帰って行った。
「はあ?」
晶は小声で言った。首を傾げて、かれこれ三度は言ってみた。
「ねぇ、どうしたの?ちょっと歩きながら話して」
成海は晶の肩を軽く揺すって、口と足とを動かそうとする。
晶は、考えながら歩き出して、腕を組んで「え?」と声にして、解けない謎を紐解こうとしていた。
結局よく分からないので、晶は村田に言われたことをそのまま成海に話し始めた。話している途中で村田の言いたい事を悟った。
「私が告白をするってシナリオを推薦してきたの?」
首を前に出して、遥か遠方に見える埼玉県の山脈に尋ねてみた。なだらかな稜線に目を凝らして辿ってみたけど、青空と紅葉し始めた山の中が見えるだけ。
「嘘と言ってよ!」
目をつぶって顔を上げる晶の祈りに、成海は弾けるように手を叩いて笑った。そして何かを悟ったように、
「もう無視でいいよ」と締め括った。
こういう時はなんて文句を言えばいいのか分からなくて、その場に合った言葉が咄嗟に思いつかない。でも晶はどうしても何か言ってやりたくて、
「馬鹿かー!お前ー!」と、後ろの長閑な道端に叫んで、腕を引っ張る成海に引きづられながらポルシェの待つお茶工場へ向かった。