第六章
二人は腕を組んで足早に店内を駆け抜け、まだ明るい外へ飛び出した。村田は走って追いかけてくる。
まだ来るのか、晶がそう思った時、成海が振り返って言った。
「わたし達、モスでお茶して帰るから、ここで」
きっぱりとした空気が盾のように立ちはだかっているのが誰の目にも明らかで、村田は了解するしかなかった。
晶は成海のそういう雰囲気はどうやったら表現できるんだろうと傍目に感動した。
成海の視線が真っ直ぐに村田を捉え、帰るのを待っていると、
「じゃあ、な」と言って背中を向けた。
晶と成海はサッと顔を見合わせてから、村田の姿が町に消えて行くのを見届けた。
緊張が解けると、晶は大きく息を吐いて、膝に手を乗せた。この悪夢のような時間は何だったのだろう。
成海は晶の肩に手を置いて、「嵐が去ったぞー」と、言って笑った。そして、本当にモスに寄ってから帰ることにした。
二人は、よろよろしながらモスのカウンターで飲み物を注文した。成海は、ポテトとバーガーも頼んでいる。
晶は一体何だったのかを確かめようと成海に色々と聞きたがった。
「なっくん、あの人と仲いいの?」
「え、今日初めて話したよ」
「え、友達じゃないのに、あんなに馴れ馴れしくしてくるの?しかも、なっくんも普通に話してたよね」
「うん。」
成海が平然と答えるのを見て、晶は大笑いした。
「なにこの無垢な生き物」
「でも、やばかったよね、ずっと付いてきてさ。さすがに引くわ」
二人は、もう絶対に村田と一緒に帰るのはよそうと話し合った。
――二日後の夜、村田から電話がかかってきた。
「村田という人から電話」と聞いても、晶は始めピンと来なくて誰だったかなと思いながら受話器を取った。
村田は、自分の父親が都会のスポーツメーカーだか何だかに勤めていて、部長だか課長だかをしている、そんな話を延々と続けた。
昨日だったか、クラスの誰かに「電話番号教えていい?」と聞かれて、適当に返事をしてしまったが、村田のことだったのか、しくじったなと晶は思い改めていた。
しかし、村田の一言で晶はまた受話器に意識を傾けることになった。
「明日、ルーズソックスはいて来いよ、なぁ」
また繰り返し何度も言ってくる村田に、晶はカチンと来て、
「持ってないし、持ってても絶対に履かない!」と、強く言った。
村田は、何か言っていたが晶は聞かずに、
「もう切るから」と言って、受話器をガチャんと置いた。
顔をしかめて、「うー」と低い声で唸っていると、小鬼がやってきて、
「なんだ、晶だったか。雷雲かと思ったわ」と言った。
聞くと、ここ最近今日と同じような雷雲が発生した気配を感じて、小鬼は空を見に行ったのだけど、どこにも見当たらないから不思議に思っていたのだそうだ。
晶は先日の村田とのことを小鬼に話してみた。小鬼は、ケラケラ笑って聞いている。成海が言った「嵐が去ったぞ」を特に気に入ったらしかった。
小鬼は涙を小指で拭きながら、
「はっきり言わないと分からない人なんだよ」と言った。
しかし、晶は何をはっきり言えばいいのだろうと思った。
「二度とそのアホ面を見せるな」
そんな事をはっきり言っていいのだろうか。苛立った頭ではよく考えられない。