第六章 多摩川物語!?
予定のない放課後、晶は久しぶりにCD屋さんへ寄ってみようと思い立った。秋に差し掛かったばかりの夕方、のんびり寄り道するには丁度良い。いそいそと帰り支度をしていると、隣の文系クラスの友達が教室の入口から半身をせり出して「帰ろう」と、言う。
この木下成海という人物は、帰りの方角が同じだった為になんとなしに一緒に帰るようになったのだが、日野市では有名な剣道の達人なのだった。
本人は自分のことをごく普通の人間だと思っているように、一緒に帰る分には確かにそうなのだ。
木下家はお茶屋で、自宅に工場もある。たまに、帰り際に成海のお祖母さんがお茶葉をくれるのだが、天春家の全員が感動するほどの美味さである。
晶は、カバンを締めながら廊下へ出ると、成海の横を歩いた。
「私、今日CD屋さんに寄りたいんだけど、なっくんどうする?」
「いいよ、私も行く」
なっくんは、なるみという可愛らしい名前にも関わらず、小さな頃から負け知らずの試合をしてきた為に、親兄姉から君付で呼ばれている。
晶は、なっくんがどれぐらい強いのかは知らないけれど、たまに見せる脚の速さや強さは、普通の女子とは違っていると思った。
それに妙に勘が良くて、考えなくても見通しているような所がある。晶はその不可思議さを頼りになるような捉え所がないような、何とも言えない心地でいつも見守っている。
なっくんは、晶の家庭のことを何となく察していて、言葉はなくても受け止めてくれていることが伝わってくる。言いたくないことは何も言わなくて良いと、成海の態度は語っている。晶にとってそれは、一緒にいる最大のきっかけだった。
見た目は色白で、栗色の髪がくるくるしている可愛らしい女の子だ。成海はいつも自分の強めの天パの髪を嫌がっているけど、まつ毛も手足も長くて、景都とはまた違った外国っぽい雰囲気がある。バレエでも習っていそうなこういうスタイルの女の子はフランスにいそうだ、晶はそう思っている。
高校の近くを流れる多摩川沿いをずっと行くと、神社と竹林が隣接する広大な自然の中に、木下家の和風の邸宅が建っている。そして、その横に茶葉の工場がある。工場の出入り口前には、真っ赤なポルシェがいつも止めてあって、その外国製の赤がなっくんによく似合った。
ポルシェはおじさん(なっくんの父)の趣味で、たまに八王子駅前のバス通りを走っているのを見かける。
「でもあれ、中古らしいよ」
なっくんは父親のポルシェにいつもそう付け加える。