第五章
急に庭に現れても嬉くなるって言ってる。晶はそう心の中で呟くと、亀みたいに鼻の下を伸ばした。
もしも今、景都が振り返って目が合ったら、喜びを隠せずに吹き出すだろうなと晶は思ったが、何故だか喜びを押し殺してなんでもない風を装ってしまう。
景都の背中から目をそらして屋敷の東側をふいに見ると、一部屋だけ明かりが点いていて、あとは真っ暗だった。玄関灯にも明かりがついていないから、大きな屋敷が薄暗い夕暮れにぼんやりと佇んでいる。
晶は、内の様子をなんとなく感じ取って言った。
「今日、家政婦さんいないの?」
「うん、今日はお出かけ」
――お祖父さんと二人だけか。
「今日うち来ない?明日うちから学校行けばいいよ」
景都は何も言わずに、しばらく晶の目を見ていた。そして、
「いいのかしら」と、呟いて、また鉢植えに視線を落とした。
「何が気になるの?」と、晶は聞いた。
「ここの所よく泊まりに行ってたから、ご迷惑じゃない?」
「大丈夫だと思うけど、お母さんに聞いてみようか?」
景都は私服に着替え、制服を大きな袋に入れて持ってきた。晶は自転車に乗って、景都が後ろに座ると「よいしょ」と言って、重いペダルに気合を入れた。
景都が「代わろうか」と言うと、晶は「景都にこげるのかな?」と返事した。馬鹿にしているわけではなくて、自転車に乗るイメージがないのだ。
「こげるよ。おら、高尾山泣かないで登れるもん」※
「楽しかったねあの時は」
代わってみると、言葉の通り、景都の方が力強かった。自転車はさっきよりも早く歩を進めたし、何より安定している。
「その調子で馬車馬のようにこぐんだよ」と後から他人事のような言葉を投げかけると、
「おまえ後で覚えてろ」
と景都が感情を隠さないから、晶はこの子馬が大好きだと思った。
家の前に着くと、景都はいつも止めてある場所を覚えていて、そっくりそのまま真似をして自転車を置いた。
「ただいま〜」と、晶が言うと、景都も「お邪魔しま〜す」と、続けて言った。
景都は、母を見かけるなりすぐさま、
「おばさん、この前のお団子美味しかったよ。ありがとう」と、駆け寄った。
聡美は喜んで景都をテーブルに着かせると、ごく自然に自分も横に座ってお喋りをしだした。互いの腕を触って、笑い合ってる。見た事のない密着した接し方は、新鮮で特別に見えた。
「もうとにかくやめて?」と、喉まで出かかったが、晶は黙って理太郎の作る料理をテーブルに並べていった。
いつもは夕飯の時間をズラして下りて来る華子も、景都が来ている事を聞きつけると猿のように階段を駆け下りて来た。
※晶は小学生の時に、遠足で高尾山を登っている途中、辛くて泣いてしまったことがある。




