第五章
とは言っても、見た目や醸し出す雰囲気はやはり別格といった感じがある。
景都のパパが着ているベルベットのローブや外国製であろうスリッパ、生地から伝わる重厚感や刺繍の繊細さ、そういう物が語る質はこの辺の人の暮らしとはだいぶ違っている。
晶は優美な洋服や滅多にお目にかかれない品々に、しばらく一緒に過ごしたいという気持ちになっていた。しかし景都にはそんな気持ちは微塵もなく、テーブルから大きなマフィンを二つ頂戴すると、晶の手を引いて玄関へ向かってしまった。
景都のお気に入りの部屋は二階にある書庫とサンルームを合わせたような場所で、そこには、景都の好きな本や雑誌、写真集が置いてある。それと、お祖父様の本棚から頂戴した何十年も前に購入したであろう小説がレトロな背表紙を向けて並べてある。
いつか読もうと景都は何十冊も貰ってきたのだが、まだ一冊しか読んでいないらしかった。
二人はその部屋か景都の部屋で音楽を流してよく過ごした。景都の部屋にはテレビとコンポ、パソコンがあって一日中篭っていても退屈しない。その上、テレビはチャンネル数が多く、海外の番組や地方の番組も映るのだ。
晶はしばらくの間、英語圏の音楽番組に夢中になって景都の家に通い詰めたほどだった。
テレビをつけていると決まった時間に流れてくる曲があって、晶がなんとなくその歌を口ずさんでいると、景都が、
「え、暗記してるの?いい発音」
普段は英語が喋れないのに、歌う時だけ発音が良いのが受けて、晶は同じイギリス人の歌を真似するようこの頃毎日せがまれた。後に、晶は洋楽ばかり聴く高校生になる。
晶が遊びに行くと、必ず家政婦さんが紅茶やジュースとお菓子を運んできてくるのだが、その姿はまさにクラシックな映画といった感じである。品が良くて、時代を飛び超えて来たような清楚なスタイルがある。
人の好さそうなおばさんが「景都さん、景都さん」と、いつも丁寧に呼びかけるのだが、その言い方には身内のような温かみがあって、本物のお祖母ちゃんのようでもある。その人がいると、景都はいつも安心しているようだった。
いつも晶を歓迎してくれて、洋風のお盆にキレイなティーカップやお店にあるような砂糖入れとミルク入れを乗せて来る。お菓子はどこで売っているのか分からないような香り高いクッキーやケーキだなのだが、景都はいつもあまり手を付けなかった。
ある日、景都が手を付けないでいるクッキーを晶は姉に持って帰ってあげようとした。
ティッシュにクッキーを二枚包んでいると、
「お姉ちゃんがいていいな」と景都はため息をつく。
景都はいつも別れ際に寂しそうな顔をするのだが、この日はしおれるように影を濃くした。
景都が階段に敷いてあるカーペットで音も立てずに人を見送り、重い玄関のドアを閉めようとした時、晶は言った。
「今度うちに泊まりに来る?お姉ちゃん怖いから見せてあげるよ」