第五章
「私も八歳。名前はなんて言うの?」
「あきらです」
「私は、景都)」
「――何さん、ですか?」
「ケイト」
「あ、――え、日本人ですか?」
「日本人です」
「あの、そのボタンをよく見せてくれませんか?」
それから、それぞれの迎えが来るまで二人はお喋りをした。景都の家が案外近くにあること、同じ小学校に通っていた事、二人とも引っ越してきた事、週明けに学校で会う約束をした事、晶は一転して元気になっていた。
この時見て覚えた金色のボタンのつる草模様を、晶は家に帰ってからすぐにスケッチブックに写して、ずっと取っておいてある。
景都と晶は放課後によく一緒に過ごすようになった。しかし五年生になった頃から景都の中学受験の勉強が始まり、急速に会えなくなっていった。
それでもお互いに一緒に居たい気持ちがあって、「たまには遊ぼうね」という口約束を守っていた。
中学生になってもその口約束は守られ、二人は互いの見聞きしたものを共有した。自分たちという惑星を保てるから、地球で起こるあれこれを安心して見ていられるのだと晶は景都といると、この頃はそんな風に思っていた。
丁度この頃、晶は石川家で初めて景都の両親に会った。いつもは家政婦さんとお祖父様しか居ないのだが、彼岸休みなのか朝から庭のテラスで寛いでいた。
二人とも、背もたれに深く寄り掛かったまま、足を組んでいる。
景都に連れられ、二人の前で晶は丁寧に挨拶した。
テーブルの周りにはコーヒーの良い香りが漂っていて、傾けるたび金縁のコーヒーカップがキラリと陽を跳ね返す。
「噂はいつも聞いていますよ。景都と仲良くしてくれてありがとう」と、景都のパパは言う。
晶はこの「仲良くしてくれてありがとう」という、友達の親が言ってくる台詞が昔から苦手で、世話をしているような不自然な、自分たちの関係の成り立ちとは違うような意味合いを感じてしまう。だから、いつも何て返事をしていいのか分からなくなって、口籠った。
ただ二人の間に友情があることを見受けているような、そんな台詞ってないのかなといつも子供心に思っていた。
しかし、中学生にもなると、大人達はこのような謙った言い方をしたいらしいと彼らのやり方に慣れ始めていた。
「あなたの絵良かったわよ、ダリの影響なんですってね」と、景都のママは続けた。
絵というのは、小学六年生の時の学芸会で展示されたものの事で、その年に注目される絵になったのは、ダリの溶ける時計の真似をしたからなのだった。
晶は発想をそのまま真似てる事を自覚していたから、絵を描いてから時間を経るほどに恥ずかしくなったが、親達は呼び止めては度々その絵を褒めた。
中学生になっても、晶の事を絵が上手い子だと認識している親が多く、このような会話になる事が多い。
他の親同様、少しの会話を交わす分には景都の両親も晶には普通に見えた。