第五章 おら達のワンダーウォール!?
晶が景都に初めて会ったのは絶望の中だった。
薄暗い教会で長椅子にうなだれ掛かる晶に、景都は語りかけた。
「こんなに怯えきってしまう人もいれば、何も感じない人もいるのよね」
子供の声に晶は顔を上げてみると、ステンドグラスから落ちた光が女の子の足元で浮かんでる。暗い教会の床に浮かぶ透明な青や赤、黄の光。磨りガラスから差し込む柔らかな西日の照らす女の子は、綺麗な佇まい。
顔を見て知らない子だなと、晶はぼんやり思った。
見ていると、さらに女の子は続ける。
「本当の世界は今見えている世界だから大丈夫だよ」
晶は女の子をまっすぐ見て言った。
「本当?――本当ですか?ありがとうどざいます、――ありがとうございます」
息を吹き返したように喜ぶ晶に見つめられて、女の子ははにかんでついには一緒に笑った。
晶は小学三年生の時に、「色んな世界を見て来なさい」という両親の考えから、近所の人が通う教会に一緒に連れて来てもらったことがあった。
白髪のおじさんが壇上からイエス様が貼り付けになった話を詳しく説明してくれて、聞きながら晶は真っ青になって、そんな世界では自分だったらとても生きていけないと思っていた。
それに、前から何で十字架に乗ってるのか不思議だったけど、実際どうやって十字架にくっ付いてるのかを知ると、目を開けていられなくなってしまった。
聞けば聞くほど人間の残虐さに心が傷つき、イエス様の痛ましい姿に力が無くなっていって、辺りはすっかり闇に包まれていた。
おじさんの話によると世界とはそういう所で、自分が今まで過ごしてきた世界には無かった光景や人物でも、本当の世界はそっちだと言う。
ただでさえ辛いのに、突然の世界の変更に更に恐怖し、晶はすっかり身の置き場を失ったような気分になっていた。
来る前はもっと素敵な外国感を想像していた。天国を見学できるような気分だった。それがこんなに真っ暗な戦地に身を縮める事になるなんて誰が予想出来ただろう。晶は時間も感覚も失って、ただ恐怖した。
「今日は初めて来る子供たちのために力説していたけど、ほとんどの子供は聞いていなかったわ。誰かが傷つくのを嫌う人間は言われなくても解ってるのに、そう言う人に限って一番響いちゃうのよね。そしてただ混乱して一緒に傷つくの。これって皮肉以外の何ものでもないと思うわ」
晶は少女が何か庇ってくれているような、そんな気配を感じ取ってはいたが、聞いたことのない言葉を理解できなくて、真面目に聞いてるような態度でただ喋っている姿を眺めていた。
大人びた態度と分かったような口ぶり。それに、やたら西洋の匂いが立ち込めている。今までに見たことのない外国製の洋服や靴。何と言っても、日本人離れした毅然とした雰囲気に晶の心は一気に惹きつけられてしまった。
コートから漂う生地の良質感、西洋っぽいデザインの格好良さ。服の形や雰囲気と、この子はなんて合っているんだろう。目が一瞬で美しいと語ってくる。
「あのぅ、何歳ですか?おらは八歳です」
とにかくこの子と話してみたい、晶はそう思った。