第四章 手紙を出した夜
木曜日の夜、晶は鏡の前で自分の眉毛を眺めていた。
まぶたにある毛を一本抜くと、痛くて涙が出た。晶は本当に嫌だと思った。雑誌に載っているモデルは、無駄な眉毛すらお洒落に見えるのに。
何もしなくてもキレイな人。何もしないとそのままの人。どうしてこういう事って起こるのだろう。
そもそも、雑誌に載っている白人の眉毛は下から上に向けて生えているにもかかわらず、己の眉は上から下に向けて伸びる性質のものが多い。似せるなんて土台無理な話だ。なんでこんなに惹かれるんだろう。美しい人やお洒落な人に。そういう人に、私はなりたくて仕方がない。
晶は鏡を伏せて、机の棚からレターセットを取り出した。中学から私立の学校へ行った友達に手紙を書くのだ。メールや電話も使うけど、二人は文通も好んだ。
昔からの友達だから、晶の家の事情も知っていて、そういう所からくる心情にも理解があった。晶にとって何でも話せる兄弟のような存在だ。
勢いよく文字を書き連ねていく晶の肩越しから、小鬼は「うんうん」と言いながら読んでいる。
「さっき鏡を見て、ため息をついていた心境がよく書かれている」
と、関心している。
晶は盗み読みされている事よりも、書きたいことを早く記してしまいたくて小鬼を注意するのは後だと思っていた。
しかし、何も教えていないのに日本語を話し読む事もできるなんて、考えてみればありがたいことだとも、ふと思う。
封筒に景ちゃんの名前と住所を書くと、切手を貼った。
小鬼は、それが面白いらしく、
「そうすると、八王子市大瑠璃町に住む石川景都という人にこの手紙が届くのだなぁ」
と、しげしげ眺めた。
晶は、小鬼の様子に手紙のやり取りをした事がないのではないかと思い至って、さっきの事を注意するのが躊躇われた。まして、手紙を貰ったことがありますかなんて聞くのは無神経のような気がした。
代わりに、
「ポストに手紙を出しに行くけど、来ますか?」
と、言った。
四月の夜、玄関扉を少し開くとひんやりした空気が入って来た。出掛ける気配に勘づいた犬が必死に付いて来たがって、玄関先で一悶着していると猫と親父もリビングから出て来た。
「ちょっと手紙出しに行くだけだから」
晶は慌てて言い訳のような言い方をして、別に何も悪いことはしていないのにと自分に対して思った。