森の果物
図鑑が使えなくなったと落ち込む二人に、バーホンは笑顔で森をすすみます。
レンナの方がお姉ちゃんで、ヒナが妹か。
間違えないように注意が必要だなと、ボンヤリ考えながらバーホンは森を進みます。
「ヒナ、疲れてない?」
「へいき!」
チラリと後ろを見ると、図鑑を両手で抱きかかえたレンナが、ヒナのことを心配しながら歩いているのがわかりました。
ヒナはキョロキョロと辺りを興味深そうに見回しながら追いかけてきます。
「こっちよ」
よその方向にヒナが行きそうになると、その度にレンナがたしなめていました。
「おっと発見!」
バーホンが急に立ち止まったので、レンナが彼の足に体をぶつけました。
「ごはん、みつけたの?」
「そうだな」
目をキラキラさせたヒナに、バーホンは答えます。
それからタンと軽やかに高く飛び上がりました。
勢いにまかせて森の大木に足をかけるとそのまま駆け上がります。
彼の視線の先には鳥の巣がありました。
鳥の巣を追い越して、木の幹から足を離し、空中で宙返りしたバーホンは、落下しながら鳥の巣から卵を二つとりました。
ついでに落下途中に木のツルに捕まります。
バリバリと木のツルをひっぺがしながら降りてきたバーホンに、レンナもヒナもびっくりです。
大きくて岩のようなバーホンが軽やかに森を動くのですから。
「じゃあちょっと持っといてくれ。そっとな」
そう言ってヒナに二つの卵を渡しました。
「卵だ!」
図鑑をぎゅっと抱きしめたレンナが言いました。
「鳥の巣……鳥さんに分けてもらった」
「すごい!」
「まだまだあるぞぉ」
言いながらバーホンは、ひっぺがした木のツルをたぐり寄せます。
ツルには握りこぶしサイズの茶色い木の実が沢山実っていました。
「これって何?」
「ポウポウという名前の果物だ。甘くて美味いぞ」
興味津々のレンナとヒナを前に、バーホンは腰のナイフで木の実を割ってみせます。
実の中は真っ白で、茶色い種が真ん中あたりにぎっしりと詰まっていました。
続けてバーホンが木の実をひっくり返すように、二つに割った実の背中を押すと、真っ白な部分がせり上がりました。
さらにそれにガブリとかぶりつきます。
「あぁぁ」
ヒナが悲鳴を上げました。それからバーホンの口に小さな指を突っ込みます。
「ほら、ヒナの分だ」
体を仰け反らせたバーホンはヒナの指を指から逃れつつ、もう一つの実をせり出してヒナに手渡します。
奪い取るようにポウポウを手に取ったヒナはパクパクと食べ始めました。
すぐにバーホンは別のポウポウを二つに割って同じように身を取り出します。それはレンナの物です。
それから先は、ひたすらバーホンはツルに実ったポウポウを二つに割って食べやすくして、レンナとヒナに渡しました。
それは二人がお腹がいっぱいになるまで続きました。
二人が落ち着いたのを見計らって、バーホンは次の品に取り掛かります。
それはゆで卵。
水は手元にありません。
だから、バーホンは卵を地面に埋めて、魔法で土をあたためて卵を蒸すことにしました。
「次はゆで卵だぞ」
バーホンが得意気に言いましたが、その時既に二人は眠っていました。
二人で抱き合って、とても楽しそうな寝顔でした。
あたりはすっかり真っ暗で、月明かりだけが森に差し込む光でした。
バーホンはそんな夜の闇の中でずっと二人の寝顔を見ていました。
「ウィル」
だけど彼はすぐに二人から目をそらしました。
亡き息子の名前を呟いて。
自分の子供を失った瞬間を思い出してしまったのです。
彼が国を空けた時に、それは起こりました。
彼の自宅に、ふらりと魔物が忍び込んだのです。
後日わかったのは、召喚獣が逃げたということでした。
運が悪いことに、家の守りは召喚獣の襲来に対応できませんでした。
「私が失敗しました」
バーホンの妻が涙声で口にした言葉です。
あと少しというところでその獣は逃げてしまいました。
それどころか彼の子供にひどい怪我を負わせました。
知らせを受けてバーホンが家に戻った時、彼の子供であるウィルはすでに息絶えていました。
楽しかった思い出を残して。
バーホンはいつものように静かに夜を過ごしました。
いつもと違うのはレンナとヒナの二人がいること。
二人のために彼は周囲の警戒をしつつ目を閉じました。
夜は静かに過ぎていきました。
バーホンの咳音だけが夜の森に聞こえました。