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召喚の儀式

 あるところに、アルバート王国という立派な国がありました。


 そして王城の一室に、カーテンで閉め切られた薄暗い部屋がありました。


 そこには真っ青な絨毯が敷いてあって、絨毯には複雑な魔法陣が黒い糸で刺繍されていました。

 絨毯の上には剣を持った一人の男が立っていました。


「ゴホッ、ゴホッ」


 咳き込む彼の服は立派な仕立てです。

 身分の高さは一目でわかります。

 だけれど服は青や緑の液体にまみれて汚れています。


 彼の持つ鉄ごしらえの大剣は、とても大きく、普通の人であれば二人がかりで持つようなものでした。

 その名はバーホン。


 険しい顔、短く切り揃えたオレンジ色の髪には白髪が目立っていました。

 右目には傷跡があり、その目は絶望に染まっていました。


「ゴホッ、ゴホッ」


 彼は再び咳き込みました。


 彼は病に冒されていました。

 余命はあと1年も無いでしょう。


 しかし彼を絶望の淵に置いているのはもっと別の理由です。


「ウィル……」


 バーホンは2年前に死んだ子供の名前を呟きます。

 愛する子を守れなかった。


 それが彼の心に影を落とし、絶望の縁にたたき込みました。


「聞いているのか」


 溜息をついたバーホンに対し、叱責の声が飛びました。


 声の主はバーホンからやや離れた場所に立っていました。

 それは恰幅の良い魔法使いでした。


 バーホンと魔法使いの間にはすりガラス状の結界が張ってあります。

 だからバーホンから、声の主ははっきりとは見えません。


「聞いているとも、ゲゲイロ。もう一度召喚魔法を使うと言うのだろう? それから羽のないやつが召喚されたら殺すと言うのだろう?」

「分かっているならいい。気を抜くな」


 バーホンは、魔法使いゲゲイロに軽く言い返した後は、特段の反応をしません。


 ゲゲイロは今回の召喚で何を得るのだろう。

 結界の外でゆらゆらと動く彼をちらりと見て、バーホンは物思いにふけりました。


 考えてもしょうがないか。


 だけれど彼すぐに考えることをやめました。

 どうせやる事は変わらないし、自分には関係ないからと。


 その部屋で凶暴な召喚獣を呼び出す儀式は何度も行われていました。


「これで17回目か」

「何か言ったか? バーホン」

「今日の召喚の儀式はこれで17回目だ……そんな独り言だ」

「失敗続きだと馬鹿にしたのか!」

「邪推だ。ただ、数を数えただけだ」


 不完全な召喚魔法は希望の召喚獣をなかなか呼び出しません。

 つまりは召喚魔法は失敗続きです。


 バーホンは失敗の度に不要な召喚獣を斬り殺しました。

 召喚に使う青い宝石を節約するためです。


 青い宝石は召喚獣を殺せば使った分を回収できます。


 ただし召喚獣を殺せば瘴気を放ちます。

 瘴気は病をもたらします。死への病を。


 つまり召喚獣の駆除は命がけ。

 でも、絶望のなか死にたがっていたバーホンにとっては嫌ではありませんでした。



「準備ができた。構えろ」


 しばらくして結界の外から声が聞こえました。

 バーホンは剣を持つ手に力を込めます。


 そして儀式が始まりました。

 結界の外で魔法使いでゲゲイロが、囁くように、呻くように、魔法を唱えます。


 魔法陣が輝きます。

 バーホン達にとって繰り返された光景です。


「光の色が……妙だ」


 ところが今回は状況が違いました。

 光はとても強く、青に白に、それから黄金色に、光は変わっていきます。


「これは! これは特上の! いやそれ以上の召喚獣が呼び出されるぞ」


 その光景にゲゲイロが歓喜の声をあげました。

 バーホンもまた、経験したことのない状況にゴクリと唾を飲みました。


 光は衝撃波を伴っていました。

 パタパタとバーホンが着ている厚手の服を震わせます。


 シュンという音の後、光は消えました。


「これが召喚獣?」


 バーホンは狼狽えました。

 魔法陣に出現したのは召喚獣とはとても言えない二人の女の子でした。


 二人ともぐったりとしていて、女の子の一人には真新しい火傷がありました。


 年の頃は5歳にも満たないでしょう。

 長い黒髪をした二人は、姉妹のようで顔立ちが似ています。

 汚れたワンピースは、見事な作りです。


 今にも死にかけの二人の女の子。


「あぁぁ! 期待させよって!」


 激昂したゲゲイロの声が響きます。

 バーホンは、どうすればいいのか分からなくなりました。


 いつものように剣を振って殺す気にはなれませんでした。

 今にも死にそうなこの二人の女の子を。


「殺せバーホン! 次だ! 次!」


 動かないバーホンに対し、結界の外からゲゲイロの指示が飛びます。


「おい、うすのろバーホン、聞こえないのか! さっさと殺せ」


 さらにもう1度、ゲゲイロの命令がありました。

 そんな時、女の子の一人が小さく囁くように言いました。


「ヒナを助けて……」


 絞り出すような声で、女の子はバーホンに訴えました。


 その声にバーホンは昔を思い出します。

 亡くなった自分の子供と女の子を、バーホンは重ね合わせていました。


「困ったな」


 バーホンはつぶやきます。


「助けてなんて言われたら、助けないわけにはいかないじゃないか」


 嬉しげに苦笑したバーホンは、女の子達に向けていた大剣をスッと動かします。

 結界の向こうにいるゲゲイロへと向けて。

明るい物語です。

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