饗宴の夜-1
魔術師は研究のために人体を必要とするものも多い。
魂や、魔力、臓器、使えるものは様々だ。
自分とは格の違う魔術師による、手に負えない魔術儀式が展開され、彼らは魔術師としての本懐を遂げるために手段を選ばなくなった。
そして町は魔術師の実験場になった。
笑顔で自分の目的のために殺しあう。
動転していた一夜目を超えた二夜、戦いは激しさを増していた。
「竜雲、私はそろそろ行くので屋敷を頼むわよ」
「わかりました。町は荒れてます、お気をつけて」
稀代の魔術師は絶望など一切感じていない。自暴自棄による研究など行わない。
自分なら成長のかてにできる、自分の魔術をまた一つ研磨できると。
彼女は魔術師同士が戦う町を青年の家に向かって歩く。
どうやら抗魔力が高い魔術師はゾンビにならないようだ。悲惨な死体が道端に転がっている。
「無様ね。プライドはないのかしら」
ただの肉塊となり果てた魔術師の亡骸を見てそう告げる。
彼らは人としての倫理観を捨てた後、欲望のままに戦い、無様に死んだ。
今夜は血系統の魔術の術式を解除することを最優先とし、魔術儀式が昨晩と同じままかを警戒しなければならない。
おそらく血系統魔術の術式は町の外周に沿って配置されているはずだ。
半周でも消すことができれば、このゾンビ化も止まるだろう。
西條律を連れていくことは足かせにしかならないが、気になることもある、監視の意味も含めてそばに置いておきたい。
「ここを曲がったところね」
十字路を曲がれば、あの青年の住んでいる家に着く。
「ッ! プルパ!!」
即座に黄金の杭を展開し、目標に向かって射出する。
路地を曲がった先の家にはゾンビが群がっていた。魔道具に反応して集まってきていたのだろうか。
群がるゾンビを吹き飛ばし、西條律の下に走る。
この数が常に襲い掛かってきたとなれば、魔道具だけでさばききれないだろう。
「あ、迎えに来てくれたんだ。行く前にシャワー浴びていい?」
庭で、まるで虫駆除をして汗をかいたからシャワーに入りたいとでもいうように、西條律は話しかけてきた。
初めて。人間に恐怖を覚えた。
右手にナイフ、左手に銃を持った青年は返り血を浴びながら、清々しい顔をしている。
その彼の周りには、プルパで吹き飛ばしたゾンビを超える数のゾンビであったものが転がっている。それらは原型をとどめておらず、どれだけのゾンビを倒したのか把握できない。
(これが、昨日魔術を知った一般人?)
いくら魔道具の使い方を覚えたからと言って、これほど強くはならない。
天性の魔術師殺し。だから恐怖を覚えたのだろう。
「無事でなによりよ。ここで待ってるから手早くね」
平然を装い、彼を見送る。
おそらく、コンビニで魔術師を殺した時のなにかは使っていない。ただ、呪弾とナイフだけでゾンビを圧倒したのだ。
簡易の魔術結界を玄関に展開し、彼を待つ。
数分後、彼が出てきた。
「なんだか、体が軽くて。ゾンビを倒せちゃったよ」
「そう」
本人も驚くほど戦えたようだ。
竜雲との訓練ではまだ常人の域を出ていなかったはずだが、火事場の馬鹿力だろうか。
「それじゃあ行きましょう」
戦えることは誤算だが、今のところ脅威というほどではない。
術式の解除は彼にはできないが、解除中の護衛なら任せることができそうだ。
「少し走っていくわよ」
「りょーかい!」
予想していたよりも多くの魔術師が死んで、ゾンビになっている。
術者の手札になっているとしたら、これ以上増やさせるのは脅威だ。
そして、確かめたいことが一つある。
魔力で身体を強化し走る。
後ろを見ると、出遅れたものの、加速しながら西條律は付いてくる。
(無意識に身体強化を行っているわね)
今は走っている速度は軽自動車並みであり、凡人が出せる速度ではない。
二人はそのまま町の端まで走り続け、術式を解除し始めた。
◇
「まさか二日目で、こんな進行を取ってくるとはね」
血系統魔術師、赤坂マボは、かげりを見せてそう言った。
彼女がこれに気づけたのは町の外周に術式を刻んでいたからであり、自身の作戦が瓦解する要因となるものだったからだ。
徐々に、町がという単位が小さくなっている。
魔術儀式の土台であるこの町という範囲が小さくなっているのだ。
町の外周に刻んでいた術式の二つがこの収縮によって消えてしまった。
まだ、町全体に対して術式を展開できているが、これが崩れるのも時間の問題だろう。
これは私の技量ではどうすることもできないことであり、今この状態が、戦力の最大であることが確定した。
だから赤坂マボは勝負に出る。
やけくそと取ってもらっても構わない。このまま収縮しても雷帝の巫女に勝つことはできず、儀式を勝ち残ることはできないだろう。
だから最高の状態で勝負を挑み、勝つ。自分の才の壁に勝つのだ。
彼女は全ゾンビに指示を出す。
町の外周を駆け回っている雷帝の巫女に向けて進行せよ、と。
彼女は見誤っていた。
自信がこの町で三本の指に入るほどの魔術師であり、まだ星に認められる可能性もあったのだ。
つまり、自分の才を認めていなかったのは自分自身だった。
可能性は残されてた。
その先に一番はなくとも、可能性はあったのだ。
ただこの特攻が雷帝の巫女、金剛沙羅にとっても予想外であり、唯一真っ向勝負できる機会だったのは間違いない。
◇
屋敷
「なるほどね。トリタ」
「御用でしょうか竜雲様」
屋敷に残った不出来な魔術師は町の魔力を観測しながら姉たちの動向を見守っていた。
「これは星の支配権を奪い合う魔術儀式だったんだ。ゾンビ化のせいで阿鼻叫喚の地獄みたいになっているが、本来ならもっと真剣に戦うべきものだ」
「星の支配権ですか?」
「そうだ。魔術師の先にはない力だが、次のステージにふさわしいものだ。偶然、連盟の魔術師が他の案件で町の外に出ていたからいいものの、彼らが居たら戦争になっていただろうよ」
三流魔術師が人知れず魔術儀式の目的に気が付いた。
このままでは星から誰も認められずに全員が死滅し、無駄な大量虐殺を起こしただけの儀式に成り下がるだろう。けれど、この魔術儀式は美しく、合理的で、可能性の塊だ。
今、儀式の領域が徐々に小さくなっているのは、儀式を行った魔術師が予想よりも実力者の少なく、最悪の結果に気が付いたからであろう。
「トリタ、時は来た。僕は動く」
「どうされるので?」
「領域内の人間を全員殺し、唯一の存在となることで星に認めさせる」
「では、金剛沙羅の弟として動くのも」
「ああ、これで最後だ」
完全にこの町を支配し、星の支配者となる。
神代からの歴史を内包する彼がさらに力を得ること、次のステージに進む。
魔術師、金剛竜雲の目的は今の連盟支配の魔術界からの脱却であり、連盟の創設者たちを凌駕することである。
遥か昔に与えられた屈辱の歴史を内包した彼はその機会が来るのを待っていた。
それが今なのだ。
彼の頭に姉という存在など微塵も存在しない。
目的のため、冷酷冷静に動き始めた。
金剛竜雲:神代から現在までの魔術師金剛竜雲の集大成。彼らは彼であり、彼は彼である。全く同じ魔術師が神代と現在に存在し、その間の金剛竜雲の歴史を内包する魔術師。彼が歩んできた歴史はそのまま彼の知恵となり、力となる。傀儡系統、創生系統、呪系統、竜系統の適性を持ち、姉であり子孫である金剛沙羅を遥かに凌ぐ魔術師である。彼は神代から人の時代に移行させた魔術師を恨み、彼らを超えるために力を蓄えてきた。魔道具製作は趣味の1つであり、その体にいくつもの神秘を隠し持っている。