始まりの夜3
「今から少し君のことを調べるわ」
魔術師はそう言った。
コンビニから山の麓まで歩き、屋敷の前に着いた。
ここに着くまでも数体のゾンビと遭遇し、それらを全て彼女が処理した。
彼女いわく、ゾンビはすでに人類という枠から外れており、魔術師の使い魔など、魔力生命体の1種と言えるような存在なんだそうだ。
脳にその動力となる魔力というエネルギーの根源があるらしく、頭を潰せば死ぬらしい。だが、逆に頭以外の部位は再生し、致命傷とはなり得ない可能性が高い。かなり危険でイレギュラーな存在だ、と言っていた。
そんな雑談らしからぬ話をしている間に屋敷の前に着いた。
月明かりに照らされる必要が無いほど、街灯に照らされており、その荘厳な佇まいが見て取れた。
しかし、窓からあかりの漏れはなく、無人のお化け屋敷のようだ。
その表札には『金剛』という名が刻まれている。
「こんごう?」
「自己紹介が遅れたわ。私は金剛沙羅、魔術において700年の歴史を持つ金剛家の当主よ。この町の魔脈に惹かれて引っ越してきたの」
「魔脈?」
「風水のようなものと思ってもらえればいいわ」
とにかく、この町は元々魔術に向いている町らしい。
金剛沙羅さん。名前が荘厳すぎる。
「じゃあ入ってもらえる?」
鉄格子に似た外門を手で押して開ける。こんなしっかりした門など学校にもなかったぞ。
手で押して一歩踏み込んだが刹那、景色が目覚ましく変わり、手術室のような清潔感のある部屋になった。部屋の中心に椅子が一つあるだけで、それ以外何もない奇妙な部屋だ。
「タクスト、拘束」
彼女の声に反応した椅子から鎖が伸び、四肢に手枷がはまり、強制的に椅子に座らされ、拘束された。
「今から少し君のことを調べるわ」
ここで冒頭の部分に追いつく。
「この椅子は使い魔?」
「ええそうよ。前当主であった父が作った使い魔の一体よ。簡単な魔術の行使もできる優秀な椅子ね。……意外と冷静ね」
拘束されたのに慌てず、質問をする俺の姿を見て、彼女の目つきが少し鋭くなる。
この拘束で動揺しないだけの手札があると考えているのだろうか? ただ驚くのにも疲れただけだ。
どうせなにもできない。
「私でも拘束を解くのに時間がかかる代物よ。抵抗したければしてみなさい」
「心配しなくても俺に隠している手札はないよ。死なない程度に調べてくれ」
死ぬのは嫌だが、自分が無意識になにかを行ったなら、それを知りたい。
「いいわ。まずはその抗魔力から調べてみましょう」
「その抗魔力っていうのは何なんだ?」
コンビニで襲ってきた魔術師も俺に向かって抗魔力が高いと言っていた気がする。
「簡単に言えば魔術に対する抵抗力、例えるならウイルスに対する免疫力ね。抗魔力を意識的に高めることはできないわ。生まれつきの素質ね」
おお分かりやすい説明だ。
つまり、魔術で攻撃されたときの素の防御力的なものか。
「じゃあ調べるわね。タクスト、検伝」
四肢の鎖から妙な、気、みたいなものが流れてくる。
「今感じているものが魔力よ。全身に様々な系統の魔力を流して、流れにくさから抗魔力を測定しているわ。少しこのまま待ちなさい」
痛みは特にない。
まるで血の流れを感じているような気分だ。
「これであなたの抗魔力の強さ、魔術系統の向き不向きも分かるわ。抗魔力が高い系統の魔術は行使できないわ。あなたの魔路に合った魔術系統があるはずよ」
ということは、コンビニで戦った魔術師の系統と金剛沙羅の魔術系統は俺には不向きだということだろう。逆に戦うとしたら相性がいいのかもしれない。
こんな便利な検査キットのような魔術を行使できるタクスト君はかなり優秀なのでは?
「結果が出たわね。……こんな気持ち悪い魔術素質みたことないわ」
「気持ち悪い魔術素質?」
「ええ。ほぼすべての系統に対して標準以上の抗魔力がある。呪系統と星系統に対する抗魔力は異常と言ってもいいレベルよ。ただ、魔力の質が呪系統と星系統なの」
いろんな単語が出てきたあまり頭に入ってこない。
「つまりどういうこと?」
「簡単にいうと西条君は対魔術師としての素質が高いわ。けれどなぜか数少ない適性がある魔術系統も自分で閉ざしてしまっている。これはとんでもない、歪な欠陥品よ」
彼女の中で最悪の評価を絞り出した感じの言い草だ。
俺は魔術師ではないし、これがどの程度いびつなことなのかは分からない。けれど、魔術師の才能がないことはよく理解できる、これ以上ない言葉だった。
「なら、仕方ないわね。魔道具を使った戦闘を叩き込むわ」
「魔道具?」
「ええ。魔力を道具に流すことで魔術が使えるのよ」
「おお! そんな便利道具が!」
そんな一般人に銃を与えるみたいなことがあっていいのだろうか、いいのだろう。
戦う術がなければこの町では死んでしまう。彼女のやさしさに甘え、武器を使うしかないのだ。
「本当はだめよ。けれど、気になることもあるし特例ね。魔術は三流だけど魔道具製作に関しては二流の弟がいるの。弟に借りに行きましょう」
「弟に厳しいんだな」
拘束は外れた。立ち上がって体を伸ばしながら、彼女の弟に対する厳しい評価に言及する。
「弟だということが魔術師としての評価になんの影響ももたらさないわ。さぁついてきて」
魔術師の厳しい実力社会を垣間見た気がした。
手術室を出ると、また景色が入れ替わり、次はちゃんとというか、凡人が想像できる限りの華やかさを持った屋敷の玄関になった。
「靴は脱いだらそのまま置いといていいわ。トリタ、来客よ。弟の部屋まで案内して頂戴。西条君、ついていった部屋で弟から魔道具について教わって。私は他に調べることがあるから。弟は事情を把握しているから心配ないわ」
トリタと呼ばれた少年の執事が一礼する。
一瞬この少年が弟かと思ったが、違うらしい。お金持ちの暮らしは神秘だ。
金剛沙羅はそう言い残して消えた。瞬間移動を二回経験した俺はもう驚かなかった、適応力すごい。
「あちらの部屋で竜雲様がお待ちです」
屋敷の玄関から二階に続く大階段のわきの廊下を歩き、なぜか電気がついていない。
暗いところが好き、引きこもりなのだろうか。
ノックし、どうぞという返答を聞いてから扉を開ける。
「こんにちは、西條律さん。僕は金剛沙羅の弟、金剛竜雲と言います。僕の方が年下なので敬語はいりません。さっそく本題に入りましょう」
「あ、うん、よろしく」
部屋に入ってから怒涛の言葉の波に素っ頓狂な返事しかできなかった。
たくさんの本に囲まれた部屋にあまり都市の変わらなさそうな青年が座っていた。顔は、沙羅とトリタを混ぜたような印象を受ける。美形ではあるのだが、少し癖があるように感じる。
「西條さんの魔術適性的に呪系統の魔道具がいいでしょう。星系統は特異過ぎて魔道具では再現できませんので。残念なことに呪系統の魔道具はここにある二つしかありません。呪弾を打ち出す拳銃型魔道具と、再生を呪いによって阻害するナイフですね。呪弾はあいてに呪いを付与する魔術です。呪いの強さと物理的威力は魔力量に比例しますね。ナイフの方は恒常的に効果を発揮するので、意識して魔力を注ぎ込む必要はないですね」
うん、とにかく銃とナイフだな。
「では、魔力を流す練習と呪弾を打ち出す練習を同時に行いましょう。ついてきてください」
せっせかせっせかと部屋を出て行ったので小走りで後を追いかける。
「いってらっしゃいませ」
後ろからトリタの送り声が聞こえた。
◇
「あれは、何だったの」
彼女は再びタクストがある部屋に戻っていた。
タクストは父が作り上げた使い魔で、失敗はない。
そのタクストが【根源超力:■■・■】【魔術系統:因果操作魔法】という頓珍漢な測定結果を一瞬だけはじきだしたのだ。
それらの結果はすべて消え、代わりに呪系統と星系統の適正が現れた。
聞いたことはある。聖人や仙人と同じレベルの、人種がいると。決まった名称はないが、誠ささやかに、明確に存在を示されているもの。星を守り、人類種の存続を約束する者ー-星の契約者。
そして、世界を破滅に進める悪性人種、連盟に即封印対象に指定される者ー-根源超人。
その可能性を両方持ったレアケース。
「何が起こっているのよ」
すべてが異常、歴史の特異点と言っても過言ではない環境。
確固たる自信を持って生きてきた稀代の魔術師が揺らいでいた。
だからだろう。
その光に潜んでいた影が、月を覆いつくす新月が、自己が傀儡であることに気づけなかった。
◇
とあるブラウン管の先、暗いどこか。
「すっご」
『神代にある同存在の魔路と同期することで、神代から現在までの歴史を蓄えた魔術師と成ったのか』
町の魔術師の屋敷での一部始終を見て、驚嘆の声を上げていた。
彼女たちにとってもイレギュラーな存在である。
彼女たちは歴史という帯から一地域の一点という限定された時間座標を引っ張り出し、隔絶された世界という一単位に収めたのだ。
しかし、イレギュラーな魔術師は歴史の帯から特定の線を自分の中に内包していたのだ。
この紐の先はこの世界に存在するものではないが、存在を否定できるものでもない。つまり、その紐の先が外から観測され、手繰られたとき、この魔術儀式に穴ができる。
隔絶された世界という点にイレギュラーな魔術師が内包する歴史という紐が漂い、帯にその端をつかまれたとき、点は帯に飲み込まれる。
「まぁ、私がその紐を理解して隔絶しちゃえばいいんだけどね」
この魔術儀式は私が世界を支配することが前提条件である。
「あーあ、これで私の力は」
『八割減。あと一割持っていかれれば、この魔術師と同レベルになってしまうぞ』
「そうだね。これは勝負ありかな?」
彼らはイレギュラーに気づいた。
その魔術師がこの魔術儀式を勝ち抜くだろうと予想した。
そしてこれが、彼らがもう一つのイレギュラーを見落とした瞬間である。
金剛沙羅:若くして連盟から二つ名を与えられた稀代の魔術師である。彼女の魔術適正は召喚系統と伝承系統に偏ってるが、その二つがとびぬけている。抗魔力として呪系統と死霊系統、竜系統に対して強い。幼いころに尊敬していた父を亡くしており、それを転機に魔術の道を歩み始めた。父のような傀儡系統や創生系統に適性がなく、その系統に高い適性を持つ弟の金剛竜雲をねたんでいる。だが、彼女の心は基本的に正義であり、魔術師の中では珍しく人のために魔術を使うことをいとわない。彼女の目標は望まぬ適性の魔術を封印レベルの魔法にまで鍛えることである。ここに彼女の負けず嫌いが顕著に表れており、連盟から魔法を封印する魔術師としてのスカウトを受けたときもこれを理由に断っている。