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境界の魔術師と世界侵略  作者: hinanoko
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始まりの夜-1

 いつからだろうか。

 人を、命を、儚いものと感じられるようになったのは。


 月が薄膜の先から表を照らす。

 月界に住まうはそれぞれの欲を胸に秘めた儚い存在たち。

 欲が、月に照らされるとき、人は機に狂い欲にまみれた獣となる。


 理解できないが故に獣を好み、儚いものを破壊することが欲となった。

 それが俺、間違って人として生まれ落ちた獣である。



 町の異変とともに、道は開けた。


 雲が晴れ、真の光が差すとき、嘘は剥がれ落ちる。



 ◇



『晴れのち曇り 最高気温27℃ 最低気温15℃』


 夏に差し掛かる梅雨のまだ少し前、夜にコンビニでアイスを食べたくなる季節。


『今週も元気に頑張りましょう! いってらっしゃい!!』


 元気な声がテレビから聞こえたと同時、時計の針は頂点を刺した。

 しかし、元気な声が必ずしも人に元気を与えるわけではないのだ。


 社会は動き出す時間だろう。しかし、やっとシャワーを浴びた彼の睡眠を邪魔するほどのものではない。


 彼の身分は大学生である。

 親元から離れ、一人暮らしをしている俺は生活費のためアルバイトをしている。


 親が一人暮らしをする際に出した条件は一つ、大学を卒業すること。


 そして彼は夜勤をし、午前は睡眠、午後から出席している。


 ニュースアナウンサーの元気な送り出し先は夢の国である。


 暑くなってきたのでこれ以上起きていては寝つきが悪くなってしまう。

 そう彼は思い、颯爽と夢に落ちていった。


 そして彼が起きたとき、日はすでに沈んでいた。


 ◇



『本当に始めるのかね?』


 光源が怪しい液体しかない部屋に、白黒画面のブラウン管から音声が流れている。


「ふっふっふ、もちろんだろう! この地は異常な魔力源により様々な可能性が秘められている、こんな面白そうな場所は世界のどこにもない!」


 彼女はとあるいいとこの魔術師の末子で、とある事情により数百年生きている。


 そんな彼女はただのやばいヒッキーで、話し相手が欲しいという理由からブラウン管に自分の意識外の意思を複製、分離、付与した高性能魔術師である。

 そのため、喋るブラウン管、(彼女によると)ブラ君は彼女にとって気が合い、唯一の友達なのである。


『でも、君と同じ存在ができる可能性があるのだぞ?』

「……いいじゃん。なんだよぉ、私と一緒の何が嫌なんだ!?」


 彼女は数百年も生きてきた末にどうでもよくなった。

 やってはいけない、そんな感情が生きていたら、彼女はとっくの昔に死んでいるはずだから。


 ブラ君ももちろんそのことを理解している。ただ少し、他存在に対する感情が残っていただけ。


『そうだな、もしかしたら僕以外の友達もできるかもしれない』


 その電子音に感情は乗らない。表情もないブラ君に感情を伝えるのは言葉しかない。

 だが、主人の彼女はすべて理解し、正しく憐憫を感じ取っていた。それが彼らの間に張る絆である。


「だろう! さっそく世界を加速しよう」


 彼女はそういい、目覚まし時計型の魔道具に魔力を込めた。

 チャージし終わった魔道具を今晩の11時59分にセットする。


 18秒後、タイマーが鳴った。ぢりぢりと言うレトロな金属音をたたいて止める。


「よぉし、術式展開、境界乖離、人史剥奪……完了。術式、神造故星、発動!!」


 町という概念上の壱世界を他世界から切り離し、帯のように続いてきた人の歴史を点としてピックアップし抜き取る。あらゆる過去未来からの干渉を受けず人に施された干渉を今後一切不動のものとする。

 こうして彼女の一種の魔術神殿が出来上がったのだ。


「さぁて、星の使い、魔術師、誰が支配権を得るかな?」


 これは過去、星から認められた魔術師、【冠位魔術師】を生み出すために行われた魔術儀式の改編版である。

 過去の失敗を反省し、星に認められるのではなく、星を認めさせる、極一部ながらも、星を支配する【星位魔術師】を生み出すための儀式に変更したのだ。

 星に仕えるなどクソくらえと言った強い意志から作られた儀式である。

 簡単に言えば星への侵食術式である。


 侵食した町での創造主は術式主の彼女であり、それ以外の役割は、新たな星のこの町に与えられる。ある程度の力を得たとき、星が誤認識して力を分け与えることがあるのだ。

 そして、その力は儀式を終えたとき、本体の地球という星の一部を支配できるほどの力の得られるのだ。


 この儀式は過去に行われたものとはけた違いの難易度だ。なぜなら、儀式中は術式主の彼女が星を支配しなければならない。それほどまでの存在に至っているのだ。


「じゃあ観賞会をはじめましょう!」

『そうだな、面白いといいな』


 彼らの百年以上ぶりの娯楽が始まった。


 ◇


 彼は反省しながら、その反省を生かさず、夜勤に励んでいた。

 大学の授業を飛んでしまったことは悪い。しかし、まだ留年はしない。

 なので、夜勤を辞めることの要因にはなりえないのだ。


 居酒屋とコンビニの掛け持ちをしているが、今日はコンビニ勤務だ。

 コンビニ勤務であるのは今日が金曜日であり、居酒屋が忙しくなるのが目に見えているからだ。


 金曜のコンビニの治安はよくない。

 まだ日付が変わって一周もしていないが、今日は外が騒がしい。


「今日はなんだか、」


 無性に……



 続きは口に出さなかった。

 口は災いの元、その欲が高ぶる要因となる。


「西條君、ゴミ捨てついでに駐車場の方を見てきてもらってもいいかな。もし、酔いつぶれとかがいたら警察呼んであげて」

「わかりました」


 店長の命令なら仕方がない。できるだけ働かなくていいというのがコンビニのいいところなのだが。

 新人が飛んだせいで欠員が出たらしく、店長がシフトを埋めることになったらしい。新人の教育を任されるよりはましか。


 廃棄が詰め込まれたゴミ袋を両手に外に出ようとすると、会社員らしき親切な女性客が扉を外から開けてくれた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 営業スマイルが染みついているのか自然すぎる笑顔に、社会不適合者に片足突っ込んでいるひねくれものの彼は違和感を感じた。


 店裏のゴミ箱にゴミを捨て駐車場を隅から隅まで見回る。

 夜を歩くのは好きだ。

 頭が冷え、感情が高ぶる。この高揚感のままに行動することはできないが、それでもストレス軽減にはなる。


 案の定、フェンスにもたれかかるようにガラの悪い若者が二人倒れていた。

 さっきの女性客にとっては彼らが倒れていてよかったことだろう、あの顔面偏差値なら絡まれていて厄介なことになっていたに違いない。


「もしもし」


 電話で警察に意識不明の若者が二人倒れていることを伝え、救急車の手配も頼む。


 一度店に戻り、店長に伝えようと歩き始めた。

 なぜか、甘ったるい、むかつく匂いがした。


「くさっ、あれ店長?」


 ドアを開けると、レジ番をしているはずの店長の姿がない。

 店には甘ったるい匂いが充満している。


「あら、対魔力持ち。君、魔術師?」


 さっきの親切な女性客が笑顔で平然と店の奥から現れた。


 聞きなれない言葉が二つ聞こえたが、それにかまけている余裕はなかった。

 おそらく目の前の女は犯罪者、部屋の奥にいる店長の安否も確認したいが、彼女から目が離せない。

 獲物を見る視線に欲が励起される。


 向こうが向けてくる敵意を超える殺意が心から湧き上がってくる。


「答えないのね。低位とは言え、常時私の魔術を弾いているとは侮れ」

「黙れ、魔術なんて知らない。この甘ったるい匂いはお前か?」


 武器は、棚にあるハサミくらいか。


「なんだ一般人か、安心して損した。それなら問題ないわ」


 一瞬、視界がホワイトアウトする。


 次の瞬間、手にはむき出しになったハサミが握られており、女の顔には切り裂かれた傷から血が流れている。

 女は驚き、怒りをあらわにしている。


 身体が勝手に動いたのだろう。

 何か、未知の攻撃に対し反射的にハサミを振り回したのだろう。


「……何よその目は。一般人が魔術師と同じ土俵にいると思わないことね」


 魔術師っていうのが妙な技を使えるってことしか分からないが、俺には臭いくらいにしか感じていない。


「焦って逃げるがいいわ!」


 女の手先から煙が出始める。


「逃げる? 何から??」


 単純な疑問だった。

 欲をぶつけられる相手が目の前にいるのだ。

 この際に発散してしまわなければ。


 ハサミを半分に割り、一本を女に向かって投げる。

 その間に距離を詰め、煙を出している指を切り落とす。


 女の悲鳴を片耳に、意識はブラックアウトした。


 ◇


 暗いどこか。


「何あれ?」

『さぁ、人間の生存本能による反射行動じゃないか?』


 とあるコンビニ内での戦闘の考察をしていた。


 魔術を受けたはずの青年が驚異的な反射速度で反撃したのだ。

 反撃は物理的であり、魔術の痕跡はない。


 相手はおそらく七罪の一つ、色欲を元にした魔術体系を持つ魔術師だ。

 一般人が敵う相手ではない。


「いやぁ、あらかじめ反撃用の術式を刻んでいるくらいの反射速度だったわよ」


 彼の戦いを見守る彼らは同時に声を上げた。


「『あっ』」


 その青年が突如倒れた。


『修正が入ったな』

「すっごいじゃん。絶対、根源から生まれた超人だったでしょ」


 これは星の自防機能であり、根源という自分が支配できない生命が持つ力から引きはがし、因果律の中に組み込むことだ。これは役割を与えるという行動と目的は違うが仕組みは同じである。

 因果律に組み込むことで自分に対する脅威を排除するが、因果律が味方することになり、元の力よりも不条理な力を持つことになることも多い。

 だが、星にとっては不条理だろうが、人史が終わろうが、自身の力を打倒するものでなければ異物とは判断しない。


「うわ、これはやばいね」

『ああ。彼が支配者になったら、どうなるか予測ができない』


 彼らはその後に起こったことを正しく観測した。


 彼らは魔術師がこの儀式を勝ち残ることが当然だと思っていた。

 こんな魔術のまの文字も知らない一般人が台頭してくるとは予想していなかったのだから。


 そんな感傷を得ていた彼女の下に星から報告が入る。


 ー---西條律さいじょうりつ・【観測者】



「観測者かぁ。完全に戦いから除外したいっていう意思が見えるね」

『星に意思があるかは不明だがな。ともかく、君とまったく同質の存在が生まれることはなさそうだ』

「むしろ天敵になっちゃうかもね」


 開始からすぐに荒れ始めた儀式の観賞会はまだまだ続く。





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