第7章~入社初日の五十嵐さん~最終章
公休明けで自分が事務室に入ると、かつてのゾクゾクする感覚に襲われました
まさか!と思って鏡を見ると、そこには大川さんの幽霊が映っていました。
“倉庫”と表示しておいた入口から3番目のロッカーには、白いビニールテープに“五十嵐”と書かれた物が貼ってありました。
野中さんが貼ってくれた“倉庫”と“五十嵐”と書かれたテプラのシールは、丸めて床に落ちていました。
自分は慌てて野中さんを呼び出しました。
「おいおい、これってどういう事なんだよ!」
「それが…昨日の10時頃に五十嵐さんが本社の松崎さんと一緒に事務室に来た時は何事もなかったんですよ」
「松崎さんが帰った後、五十嵐さんに入口から9番目にあるロッカーを整理したんので使って下さいって言ったんですよ」
「そうしたら見向きもしないで、3番目の“倉庫”と表示してあるロッカーを使いたいって言ってきたんですよ」
「それで?」
「そのロッカーは倉庫になっているんでこちらにどうぞ」
って言ったら、いきなり大騒ぎをして…、
「何でダメなんだよ!俺はここが使いたいんだよ!」
「現場長がこのロッカーを使っていいって言ったらいいだろ!」
…と、なった訳なんですよ。
「はっ?マジで!」
「普通、入社初日からそんな事言う…」
「もし自分がいたら絶対阻止するけどな…」
それで、五十嵐さんが現場長に言いに行ったら、
「どこでも空いているロッカーを自由に使っていいよ」
って、言われたんですって。
「現場長の知り合いの息子だからって、いきなり優遇されるとは…」
「それで現場長が皆を使って倉庫の中の物を片付けさせたんですよ」
「その時、五十嵐さんは?」
「何もしなかったよ」
「ロッカーが空になったら皆にお礼も言わずに、イライラしながらテプラを2枚剥がして丸めて床に投げ付けたんですよ」
「何だ、あの五十嵐って奴は!」
自分は、五十嵐さんに何で9番目のロッカーを使わなかったのか聞いてみました。
すると、不機嫌そうに、
「それが何か?」
「何か問題でもあるんですか!」
「こっちは現場長から許可もらっているんだよ!」
と、吐き捨てるように言ってきました。
「おい、お前いい度胸だな!」
「こっちは普通に聞いているのに、どの口が言ってるんだよ!」
と、大声で言うと、周りにいた同僚の方々にすぐに2人共羽交い絞めにされました。
「分かった分かった、でも少しは口に気を付けろよ」
「てめえが余計な事を言ってきたんだろうが!」
そう、五十嵐さん叫ぶと高野主任が五十嵐さんを別室に連れて行きました。
「何だよ、あの態度は!」
と、思いましたが、まさか五十嵐さんが初日から豹変するとは驚きでした。
その後、五十嵐さんは他の話題には普通に答えますが、ロッカーの話題をすると急に目付きが悪くなり誰にでも噛み付いてくるのです。
実に無念ではありましたが、無理が通れば道理が引っ込むがまかり通ってしまったので、諦めるしかありませんでした。
入口から3番目のロッカーの封印は3週間だけに終わり、大川さんの幽霊はまた現れるようになりました。
幽霊もこのまま封印されてなるものか!と、五十嵐さんを嗾けたのかどうか分かりませんが、入社初日は事務室の外まで聞こえる程の大騒ぎだったそうです。
それにしても、五十嵐さんは入社初日からこんなに大騒ぎをして、それが黙認されるなんて今後どんなふうになってしまうのか…、
と、思いましたが、その後上司をはじめオーナー側の担当者も徹底的にマークしたのでこれ以上は勝手を許しませんでした。
五十嵐さんがブチ切れそうになると、
「お、何だ何だ!豹変か~?」
と、言って牽制し、西野さんの二の舞になるのをうまくかわしました。
この一件で、自分と野中さんが目論んだ大川さんの幽霊の封印は失敗に終わりました。
もっと徹底的にやるとしたら、入口から3番目のロッカーの鍵を差し込んで、持ち手の部分をハンマーで叩き折らないとダメだったのでしょうか。
しかし、会社の備品にそこまでする人はいないでしょう。
西野さんが以前使っていたロッカーが幽霊の通り道だと分かっても、そこを封印出来なければまた同じ事が繰り返されるでしょう。
大川さんの幽霊が、なぜ中央監視室や事務室に現れるか考えた時、何か処分し忘れた物があるのではないかと思い、日勤の時に探してみましたが、それらしき物は見当たりませんでした。
大川さんが、それほどこの現場に思い入れがあったのかどうかは分かりませんが、現状としてもう打つ手はありませんでした。
あれから数年後、自分は他の現場に異動になりましたが、その時の事を今でもたまに思い出す事があります。
もし、あなたの家の鏡に幽霊が映り込んできたら、それは真後ろにいるのではなく隣の部屋にいるのかも知れません。
その時は怖がらずにこう言ってあげて下さい。
「そこに居てもいいけど、ここから先には入ってこないでね」
するとゆっくりと頷いて、いつの間にかいなくなっていますので。
今回のお話はこれで終了です。
最後までお読み下さいまして誠にありがとうございました。
きつねあるき
今回のお話はいかがだったでしょうか。
もし、あなたに霊感があった場合、見えるのが他界された先代の方であれば、何か言いたい事でもあるのかな?位に思うかもしれませんが、元同僚の方だと何とも言えない感じになりますね。
その場合、何らかの心残りがあるのだろうとは思いますが、見えるだけで会話まで出来る訳ではないので、原因までは分かりません。
少し話は逸れますが、あなたの職場で最初は従順で素直だった方が1年位で急に豹変した方はいるでしょうか?
多少ならそういう事もありますが、同僚やオーナーさんのほとんどを敵に回すような態度を取るようなら、何か他に原因があるのかもしれません。
あ、そうそう、別に鏡を恐れる事はないですからね。
鏡は映ると見やすいというだけで、壁にも扉にも映る事はありますので。
なので、自分にとって鏡に対して特別感はありません。
皆様にとって、同僚の方々とより良い環境でいられる事を祈って、この辺で終わりたいと思います。