第5章~西野さんのロッカーには
次の宿直勤務の時に、いつものように深夜の電力検針をしていると、その日は動力盤の右側にも鏡の前にも幽霊は現れませんでした。
では、ずっと現れないかというと、時々現れるのです。
これは何かあるな…と思い、その日から幽霊が現れた日とそうでない日を手帳に書き始めました。
1か月程手帳に書いた物を見返してみると、幽霊が現れた日は同じ人と宿直している事に気付きました。
それは、大川さんの補充要員で現場に配属された西野さんでした。
宿直で、西野さん以外の人と組むと、幽霊が現れない事が分かりました。
ただ、それを同僚の方に公にしてしまうと、混乱するだろうと思い黙っていました。
翌週、何となく事務室の鏡に背を向けて立ってみました。
すると、目の前に西野さんのロッカーがありました。
それを見て、ドキッとしました。
幽霊が現れるかどうかは西野さんが勤務する時…、
という事は、
自分は鏡の前からゆっくりと中央監視室に行きました。
そして、動力盤の右側に立った時にやっと分かったのです。
西野さんのロッカーが、幽霊の通り道だという事を!
我々、設備管理員のロッカーの中には、開いた扉の顔の高さに鏡が付いていました。
西野さんが公休の時は、ロッカーが施錠されているので、ロッカーの中の鏡は常に中央監視室側に向いています。
よって、事務室にある鏡に幽霊が映らず、西野さんのロッカーの中の鏡に映っているのでしょう。
しかし、西野さんが出勤するとロッカーを開閉するので、ロッカー内の幽霊が解放されて事務室の鏡に映っていたのでしょう。
ただ、幽霊が現れるだけなら、慣れてしまえばそれほど気にならなくなりますが、それとは違う問題がありました。
それは、西野さんの性格が豹変してしまったのです。
それまでは、設備の仕事に詳しく皆から宛にされていて、たまに冗談も言い合える仲だったのですが、急に皆に対して攻撃的になりました。
西野さんは1年前、他の現場が解約になってしまい今の現場に異動してきたのですが、最初の頃はとても真面目で同僚がミスをしても一緒に対応してくれて、皆を非難する事はありませんでした。
それが豹変してからは、同僚が少しでもミスをしようものなら、いちいち大騒ぎをして上司に報告するわ、上司の指示には従わないわで、かなりの厄介者になってしまいました。
西野さんは、仕事の要領が悪い同僚にはこれ見よがしに罵倒するし、他にもわざと同僚を煽って怒らせるような事が続き、現場では孤立していきました。
では、孤立したからといって大人しくなったか?
というと、そうではなく、今度はオーナー側の各担当者にごまをすり始めました。
そのうちに、オーナー側担当者と一緒に同僚を罵倒する様になってきました。
オーナー側としては同僚の失態を、西野さんが逐一報告してくれるので、いいように利用されていたのですが、そうとも知らずに得意気にしていました。
その頃になると、西野さんと一緒に仕事を組みたくないという同僚が続出しました。
西野さんは、幽霊の通り道にあるロッカーを使っているからなのか、明らかに元々の性格とは違っていました。
「んっ?待てよ、このロッカーは前に大川さんが使っていた所だよな…」
「という事は、西野さんの豹変は大川さんの影響か?」
大川さんは自分とは仲が良かったですが、基本汚い口を叩くので、他の同僚とはよくぶつかっていました。
同僚の皆さんは、大川さんが退職して職場の空気が変わり、やれやれと思っていたところに西野さんが豹変したので、また重い空気になりました。
とはいえ、契約人数がやっと揃ったのに西野さんを異動させると、補充要員が来るのに時間が掛かるので悩ましい問題でした。