第3章~幽霊が苦手な主任
宿直勤務を続けているうち、白い着物を着た大川さんの幽霊(以降幽霊と表記)は高い確率で現れる時間帯があるのが分かりました。
それは、深夜の23:30~1:00分の間です。
特に多いのが、23:30~24:00分でした。
この時間帯は24:00分の電力検針の為、動力盤、特高室、電力メーターへと動き回るので、嫌でも目に入ってくるのです。
23:40分から行う電力検針の時、まずは動力盤の電流と電圧等の指針を記録し、次に特高室に入り各トランスの温度と室温を記録します。
その後、中央監視室に戻って24:00分丁度の電力メーターを記録するのです。
23:30分頃になると、だいたい30%位の確率で、中央監視室にある動力盤の一番右端の方に幽霊が立っているのです。
自分は霊感があるので、深夜の電力検針の時は同僚の皆さんとは違う順路で行っていました。
動力盤の指針を記録した後に、すぐに右側に行けば二次変電室の前を通ってすぐ特高室に行けるのですが、幽霊をすり抜けるのに気が引けたので、敢えて左側に戻ってから遠回りして特高室に行っていました。
宿直勤務は3人で行っていて、1人は22:00~2:00分に、2人は2:00~6:00分に仮眠を取っていました。
仮眠時間が22:00分~の人を早寝、2:00分~の人を遅寝と言っていました。
よって、深夜23:30分の時間帯は、2:00分迄2人勤務でした。
ある日の宿直勤務の時です。
いつもは電力検針は自分がするのですが、もう1人の遅寝の高野主任が、
「今日は俺が電力検針をするよ」
と、言ってきました。
「いやいや、高野主任は空調画面の印字と日報と申継ぎを処理して下さいよ」
「それに、電力検針は下っ端の役目なんで…」
「いいや、今日は絶対に電力検針をしたいんだよ」
「分かりました、じゃあお願いします」
電力検針の記録用紙が挟まっているバインダーを渡すと、高野主任は中央監視室にある動力盤の指針を次々と記録していきました。
「今日は幽霊がいないから、このまま右側に出て特高室に行っても大丈夫だろうな…」
と、思っていると、高野主任の2メートル位右に、すーっと幽霊が現れました。
「あ、あの…高野主任」
「何だよ、今記録してんだけど」
「下段にある電流計の指針を記録したら、左側から回って特高室に行った方がいいですよ」
「えっ、何で?遠回りだろ」
「そうなんですけど、自分が特高室の電気を点けますんで左側から回って下さいね」
「うん、分かったよ」
「…と、見せかけてフェイント!」
と、得意げに言って、高野主任は幽霊全体をすり抜けて行きました。
「あっ!あ~、何でもないです…」
「何だよ!何が、あ~なんだよ」
「でも、知らない方がいい事もありますよ」
「いや、何?気になるだろ!」
「じゃあ、言いますよ」
「ふむふむ」
「さっき高野主任が動力盤の右側にいた大川さんの幽霊を、もろにすり抜けて行ったんですよ」
「ふざけんなよ!何でそんな事言うんだよ」
「だから、右側に行かない方がいいって言ったじゃないですか!」
「そこは何としても止めろよ!」
「じゃあ、すぐ右横に大川さんの幽霊がいますって言っていいんですか?」
「いやいや、それも怖いな…」
「まあ、すり抜けたんだから大丈夫でしょう、下手すると憑依しますから」
「マジか!助かった~」
「今度また幽霊が見えたら言ってくれる?」
「それは構いませんけど、どうせまた近道したいって思うんじゃないですか?」
「分かってたらちゃんと遠回りするよ」
「本当ですか~、もし憑依しても自分は除霊出来ないですからね」
「今度は絶対、絶対だからさ!」
「高野主任、ちょっと後ろを向いてくれますか?」
「あ、ああ、いいけどさ」
高野主任の大きい体が背中を向けると、
「大丈夫ですね!背中や足にへばり付いてませんよ」
「……………」
「あの主任、幽霊をすり抜けた時に何か感じませんでした?」
「もうやめろよ、その話は…」
「俺、その手の話は苦手だしさ…」
この一件があってから、同僚の皆さんは深夜の電力検針の時、左回りで特高室に行くようになりました。