7 マリーナ視点1
全てが腹立たしい。ライアン殿下の婚約者候補に選ばれて二年が経つのに、殿下はまだ私を選んでくれない。私は美人で頭も良く、家柄も公爵という爵位に就いていて王家の後ろ盾になるはずなのに。
私こそライアン殿下に相応しいの。
公爵である父は何故か必要最低限の用事の時しか王都には居ない。
婚約者候補の打診を受け、私は王子妃教育のために領地から王都に住まいを移した。父が以前暮らしていた王都の邸で私や執事達は生活している。
父はというと、領地の仕事が忙しいということを理由に月の三分の一を王都の邸で寝泊まりし、残りは領地に帰ってしまう。
父が王都の邸に滞在している時、ふと陰りを帯びたような暗い顔をする時がある。
母は病気療養として滅多に領地から出ないが、いつも私には優しいわ。けれど父と喧嘩が絶えない。『こんな筈じゃなかった。全部アイツのせいだ』と喧嘩する度にぶつぶつと一人呟いている。
アイツとは誰なの?
知りたいけれど、母に聞く事も出来ず、父の執事や従者達に聞いてみても知らないの一点張り。何か緘口令が敷かれているようで気味が悪いとさえ思ってしまうわ。
過去にこの邸で何かがあったの? 領地の邸とは違い、王都の邸は自分の邸なのに居心地の悪さをいつも感じるが、私が美人で優秀だからみな恐縮しているのね。
領地に住んでいたある日のこと、会ったことのない祖父母へ気まぐれに手紙を送ってみたんだけど、返事は返ってこなかった。
祖父母は男爵と身分が低いから公爵という地位に恐縮しているのだろう。仕方がないわよね。それ以降も祖父母から連絡がくることもなかった。
「マリーナ、王宮より知らせが来た。第三王子のライアン殿下の婚約者候補に選ばれたようだ。これから王都で王子妃教育を受けるため王都に住むことになる」
父は執務をしながら私に告げた。
「お父様、本当ですか!? 嬉しいですわ。国王陛下は私の良さを認めて下さったのですね!」
「……ライアン殿下の年に合う令嬢で爵位の高い者が呼ばれただけだ。勘違いしてはいけない」
父は王宮からの知らせだというのに顔色一つ変える様子もない。私が選ばれるのは当たり前だと思っていて敢えて冷静になるように言っているのね。
「ふふっ、殿下の妃は公爵令嬢の私で決まりですわ。ああ、もしかしたら将来は王妃になる可能性もあることを考えて行動しなければいけないわ。
すぐに王都に住まいを移し、王子妃教育を受けねばなりません。お父様、すぐ住まいを移す手配をお願いしますわ」
母にライアン殿下の婚約者候補になったと伝えると、母は『どんな手を使ってでもライアン殿下をしっかりと捕まえておきなさい。いい?貴方は公爵令嬢なの。邪魔する人は爵位を使って蹴散らしなさい』と笑顔で告げた。
そうよね。
母は数多の令嬢を蹴落とし、男爵位から公爵夫人まで上り詰めた。私も負けてはいけない。
そこから私は王子妃、ひいては王妃になるべく急ぎ王都に住まいを移した。そして忘れていた祖父母に、仕方なく連絡したら『おめでとう。良かったな。ワシらは身分も低い。迷惑になるだろうから、これからも連絡しなくていい』と祖父から手紙が返ってきたの。
おじい様達は王子妃になる私からの恩恵を受けたくないのね。
父方の祖父母や親戚は私達家族に必要最低限しか関わっていない。従兄弟がいるみたいだけど、一度も会った事もないわ。
不思議なものよね。きっと私達を羨ましく思っているから父が近づけないようにしているのね。
王宮での妃教育は候補者になってから始まったのだけれど、私は他の令嬢よりも優秀だと教師達はいつも褒めてくれるわ。
時折行われる王妃様のお茶会やライアン殿下とのお茶の時間に他の候補者達の目がギラギラしている。
私も王子妃候補の筆頭として負けていられないわ。
そして私は筆頭の名を元にいつも王都の邸で妃候補者達とのお茶会を開いているの。毎回賑やかな雰囲気でとても楽しいわ。
一度、殿下がお茶会に参加された時はとても素敵な笑顔でお茶を飲んでいて『これほど素晴らしい花達に囲まれて幸せだよ』って言っていたわ。
見目麗しいライアン殿下は皆にも優しくて完璧だ。やはり私の夫となるべきだわ! そのためにも私は頑張らなくてはいけないわね。
私も学院へ入学する年になってライアン殿下と過ごす時間が増えるのは嬉しい。先に入学している他の候補者達にも牽制出来るし、頑張らなくてはね。
……入学初日に判明したあの子。
リア・ノーツ侯爵令嬢。光属性持ち。今まで光属性を持っていなかったみたい。
王宮が主催する年頃の令息、令嬢を集めてお茶会が開かれた時に侯爵令息の魔力暴走に巻き込まれ意識を失い、目覚めたら光属性が出てきたらしいわ。
同じクラスなのに公爵令嬢の私に挨拶もないなんて失礼な子ね。でも、希少な光属性。王家は取り込みに入るはずだわ。
リア嬢にも気をつけておかないとね。
しばらく観察していたけれど、ライアン殿下に興味は無いようね。一安心だわ。
そう思っていたのも束の間、ライアン殿下が食事に誘っていたわ。私だって二人きりで一緒に食べた事が無いのに。悔しいわ。
光魔法が使えるだけなのに。
これ以上ライアン殿下に近づく女は要らない。少し牽制しておかないとね。