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けれどその想いは無情にも打ち砕かれることになる。
放課後になり、侍女のメイジーと帰ろうとしていると彼女が声を掛けてきた。
「リア様、少しお時間宜しいかしら?」
不満気な様子を隠すこともしていない彼女を見て嫌な予感しかない。メイジーにそっと視線を送るとメイジーと目が合い、小さく頷いている。
やはり私の侍女よね。
分かってくれたみたい。
「ラストール公爵令嬢、どうされましたか?」
私は何事もないようにマリーナに答える。
クラスの人々は帰る準備に忙しく、騒がしいせいか私達をあまり気にも止めていない様子だ。マリーナ様は周りを気にせずツカツカと私の前に歩み寄った。
「今日のお昼、ライアン殿下と食事をしたそうね? それがどういう事かお分かりなのかしら? 私、ライアン殿下の婚約者候補筆頭なの。私の許可無くして殿下と同席するのは止めて欲しいの」
マリーナ様の話す声のせいか、雰囲気を察したのか周りはシンと静まり、こちらを見ている。
「ラストール公爵令嬢の『許可を』と言われますが、私は殿下から直接受けたお願いを拒否できる身分ではございません」
マリーナ様は私が反論するとは思っていなかったようで苛立ち、彼女から魔力がジワジワと漏れ始めている。下手に私が口を開けば漏れ出ている魔法で攻撃されかねない。
さて、どうしたものかしら。
私はどうしようかと考えを回らせていると、
「マリーナ嬢、魔力が漏れ出ている。嫉妬とは美しくないな」
声のした方に視線を向けると、そこには万人を魅了するような笑顔のライアン殿下と顰めっ面の兄がいた。
メイジーが魔法ですぐにお兄様を呼んでくれたみたい。マリーナ様はライアン殿下を見るなり、魔力を抑え、笑顔でライアン殿下に歩み寄る。
「ライアン様、嫉妬だなんて。いつもリア様とは仲良くしていますし、他の候補者様の事も考えてお話ししていただけですわ。ね? 皆様? リア様?」
マリーナ様は私やクラスメイトに向けて視線を送る。
候補者達の女の戦いに巻き込まれたくない。私は無害な令嬢、勝手に絡んできたのはそっち。これ以上巻き込まないでほしい。
私は口から溢れそうになる言葉を飲み込み、マリーナ様に向けて作り笑いを返し、少し頷く。
周りのクラスメイトも一様に口を閉し、視線を逸らしながらも頷く。
きっと、クラスの皆様は私と同じ気持ちだと思うわ。
ライアン殿下の登場に気をよくしたマリーナ様はライアン殿下の手を取り口を開いた。
「ライアン殿下、このままお帰りになるのでしたら王宮でお茶をしましょう? いつものように私は殿下とあの中庭でまた二人きりでお話がしたいわ」
マリーナ様ってこんな人だったのね。
なんと言うか……。
男に甘える仕草、やはりアレと親子なのだと感心してしまう。マリーナ様が殿下と仲睦まじい姿を私に見せつけたいのは分かった。
「マリーナ嬢。残念だが、妃候補者達とは会う日や場所が決まっている。私はいつも妃候補者達とのお茶会を楽しみにしているよ。それとマリーナ嬢、リディス嬢の事を知っているのか?
知らないのであれば公爵に聞くといい。希少な光属性の魔法が使えるリア嬢と仲良くするようにと。リア嬢、今度ディルクと王宮においで、お茶でもしよう」
ライアン殿下から恐ろしい言葉が聞こえた気がする! いや、きっと空耳よね!?
「お誘いいただき嬉しく思います。兄と相談した上でお伺いさせて頂きますね」
「楽しみにしている。ディルク、今日はこのままリア嬢と帰る方がいいだろう。私はまだ生徒会の仕事が残っているから失礼させてもらう。マリーナ嬢、また」
「ごきげんよう」
私達は礼を執るとライアン殿下は小さく手を挙げ去っていった。マリーナ嬢も殿下に会えたおかげか機嫌を直し『それでは皆さま、ごきげんよう』と颯爽とクラスを後にする。
残った兄は私をエスコートし、私達も微妙な雰囲気のクラスを離れた。馬車に乗り込み動き始めるまで私もお兄様もメイジーも無言だった。
兄達がすぐ駆けつけてくれた理由はクラスが近い為である。
Sクラスは基本的に上位貴族や王族が占めており、平民でも優秀な者しか入れない。警備の観点からか、Sクラスは貴族棟と呼ばれるところに集められていて、一階部は警備や従者達の部屋になっており、二階部はSクラスの一年生から三年生が集まっている。
他のAクラスからCクラスは一般棟と呼ばれる建物に分かれている。
「メイジー、お兄様を呼んでくれてありがとう。助かったわ。まさか殿下も来るとは思っていなかったけれど」
「リア、大丈夫だったか? メイジーから蝶が飛んで来た時、間が悪く殿下も隣にいたんだ。こうなることは分かっていた。
醜い女の戦いにリアを巻き込みたくなかったんだがな。しかも、ラストール公爵令嬢がリアに絡んでくるなんて最悪だ。何とかしておくからリアは心配するな」
そしてその日は帰宅後すぐに兄は父に今日の出来事を報告し、話し合っていた。