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翌朝、兄と護衛のロイドの三人で学院へ向かうことになった。兄は教室前まで送ってくれた。
「リア、じゃあまた後でね。ロイド、頼んだよ」
「畏まりました」
兄の麗しい姿にクラスにいた令嬢達から黄色い声が飛んできた。
昨日は席が決まっていなかったのだけれど、座席が決められ、机には名前が付いていた。
きっと昨日の鑑定結果を見てマーク先生が席を決めたのね。私は右端の一番後ろの席。後ろにはロイドが控えている。
気になっていたマリーナ・ラストール嬢は左端一番前の席だ。
これなら関わる事も少なくて済むわ。私はホッと胸を撫で下ろした。
授業は恙無く進んでいった。授業の内容は昔と変わらなかったので復習という感じで楽に過ごせそう。
クラスも幼少期から面識のある人も多く、緊張せずに過ごす事ができた。隣の席のイリス・フィクサー子爵令嬢やララ・カーン伯爵令嬢と話したことはなかったけれど、自分から緊張しながらも話しかけてみた。
二人とも笑顔で答えてくれて早速お友達になれそうな予感! 楽しい学生生活が始まったわ。
「リア、迎えに来たよ」
「お兄様、ありがとうございます。では皆さまごきげんよう」
「「リア様、ごきげんよう」」
私は早速できた友人に手を振り、迎えに来てくれた兄と歩き出す。
「リア! クラスはどうだった?」
「クラスの方々は親切そうな方々でした。友達も出来たんです」
笑顔で今日の出来事を兄に話しながら馬車に乗り込もうとした時、
「君がディルクの妹、リア嬢かな?」
振り向くと、そこには第三王子のライアン殿下と、その護衛達が立っていた。
ひぇぇぇ。
まさかこんな所で王子殿下と会うとは。心なしか兄の顔も引き攣っているわ。
私は兄の後ろに隠れたい気持ちを隠し、礼を執る。
「王国の星であられるライアン殿下にお会いできたことを嬉しく思います」
ライアン殿下は手を挙げて応えた。
「ああ、堅苦しいことは無しでいい。君がリア嬢かい?」
「ノーツ侯爵が娘、リア・ノーツです。いつも兄がお世話になっております」
「会えて良かった。ディルクが君を自慢する割に会わせてくれないからな。ふーん、ディルクが隠す理由を理解した」
兄が私を隠す理由?
私が理解できないでいると、ライアン殿下はその姿が面白かったようでフッと笑顔になるた。すると、兄が私を隠すように前に立った。
「殿下、わざわざ帰り際に。何かご用でも?」
「いいや? ディルクの大事な妹が見たかっただけだ。光魔法が使えるんだろう? 気になるじゃないか」
ライアン殿下は興味本位で私を見に来たようだ。
「リア嬢に会えたことだし、今日のところはいいかな。リア嬢、またね」
ライアン様は私を確認したかと思えばさっと踵を返し、立ち去っていった。ディルクお兄様は不機嫌な様子を隠すことなく立っている。嫌な予感しかないわ。
あれから殿下から何かあるだろうと勘ぐりながら過ごしていたが特に何事もなく過ごしていた。
ライアン殿下の突撃から半月、学院での友達ができ、平穏な学生生活が送れていたと思う。
ライアン殿下のことなど忘れかけていた頃にそれはやってきた。
「リア・ノーツ侯爵令嬢様、ライアン殿下が一緒にお昼を食べたいとの事です。本日の昼食の時間にお出迎えに上がります」
「えっ!? 突然ですか? 私、友人達と約束があるのですが……」
「申し訳ありませんが、友人との食事は後日になさってください」
「……わかりました」
その日の朝、ライアン殿下の従者が私のクラスへ告げ、すぐに殿下の元へと戻っていった。
……憂鬱だ。
友人達と一緒にライアン殿下のところへいくことは駄目かしら。どう逃げようかと考えていた時、強い視線を感じ振り向くとそこにはマリーナ様がいた。
彼女は私に何か言う事はなかったけれど、私をするどく睨んでいたのだ。
何か私はマリーナ様にしたのだろうか。
はっ、そういえば、公爵令嬢のマリーナ様は殿下の王子妃候補者だった。
彼女を見るからにあまり良い感じではない。むしろ、敵だと認識されたかもしれない。
このことを切っ掛けに令嬢達の争いに巻き込まれるのはごめんこうむりたいわ。
いくら考えても逃げる理由を思いつかぬまま、昼食の鐘が鳴ってしまった。
「リア・ノーツ侯爵令嬢、お迎えに上がりました」
鐘が鳴ると同時にライアン殿下の従者はすぐさま私を迎えにきた。その様子を見ていた友人達が行ってらっしゃいと笑顔で手を振っている。
ううっ、緊張してきた。
従者にエスコートされ向かった先は生徒会室の横に設けられた王族専用の部屋だった。
「お待たせして申し訳ありません」
私は従者に促され中に入ると、ライアン殿下の向いにディルクお兄様がソファに座っている。
この部屋は他の教室とは違い、細かな装飾がされたる豪華な机と椅子、来客用に設置された刺繍の施されたソファが置かれていた。
「ライアン殿下、お久しぶりです」
従者が用意する昼食を準備している間、殿下は笑顔で私を見ているが、兄の機嫌はとても悪い。
「ライアン殿下、本日は私にどのようなご用件でしょうか?」
「用事? 特にないな。君と一緒に食事をしてみたくてね。さぁ、座って。ディルクもだ」
ライアン殿下に促されてお兄様の横に座り、食事をいただくけれど、王族を目の前に緊張してゆっくり味わう事が出来ない。
「リア嬢は好きな人はいるのか?」
「私の好きな人、ですか。ディルクお兄様が世界で一番大好きです」
私は敢えてお兄様の名前を出しお兄様に視線を向けて微笑む。お兄様も先程とは打って変わり笑顔で私を見つめる。
「いや、ディルクの事ではなく。婚約者はいないんだろう? どういった人と結婚したいんだ?」
じわじわと詰め寄られている感じがする。
「……そうですね。私は好きな人と生涯を添い遂げたい。どんなことがあってもお互いを支えあえる人が良いですね。一途に、私だけを好きでいてくれる人、でしょうか。恋多き人は遠慮したいです。好きな人を誰かと共有するなんてちょっと……。
そう考えれば王族の方の妃となる方はきっと器の大きな方なのでしょうね。必ず側妃を迎えねばなりませんから。私には難しそうです。きっと私は嫉妬に身を焦がし、自らの死を選ぶと思います」
少し考えるふりをした後、思い付いたように答える。兄は私が無礼な物言いをするのではないかと内心ヒヤヒヤしていると思う。
やはり諦めてもらうには光属性の自殺を仄めかすのがいいと思うの。
「王族は必ず側妃を迎えねばならない。だが、考えによっては王族の妃になり庇護下に入る事は自分の身を守る事でもあるのではないかな? リア嬢ならどう考える?」
「私なら、ですか。私なら教会へ入ります。夫に身を捧げ、いらぬ嫉妬に身を焦がし、死を覚悟するくらいなら生涯独り身で過ごし、治療者として国に身を捧げます」
私は微笑みながらそう答える。あの時は死を選ぶしか考えなかったけれど、今なら他の選択肢だってあったと理解している。その選択肢に気づかせてくれたのは今の家族の深い愛情があるからだわ。
「ですが、私は光魔法も使えますが、水魔法も使えます。将来は王宮魔導師として身を立てる事を考えております。
我が家は王宮魔導師を数多く輩出している一族でありますし、お兄様が跡継ぎですから私一人が王宮魔導師となってもなんら問題はありません」
王宮魔導師はほんの一握りしかなれないため、忙しさのあまり必然的に王宮住まいになる。その上、王宮魔導師は婚姻の自由が認められている。そして王宮での警備は厳重なため安全だ。
「リア嬢を妃に迎えると毎日が楽しそうだ」
「ふふっ、殿下ったらまた悪い冗談を。見目麗しい殿下の妃となるべく優秀な候補者方が沢山おいでになるではありませんか。
私があの方々の中に入り、蹴散らすのは難しいですし、遠慮したいですわ。ね、お兄様」
「そうだな。頑張る御令嬢達の中にリアを放り込むのは酷な事だ。私と一緒に働くために王宮魔導師を目指すのが一番かもしれない」
私達は婚姻なんて知らぬ、存ぜぬ、関わらぬ、を押し通すべく笑顔で頷き合う。
「そうか。考えておく。リア嬢は美人だし、光魔法持ちだし、僕の妃にぴったりなんだがな」
なんとかこの場はやりすごせたかもしれない。
殿下とのやり取りで心をガリガリと削られ、クラスに戻った。
私がげっそりした顔で戻ってきたせいかイリス様もララ様も心配して声を掛けてくれた。
授業が始まるまでは三人で話をした。ガリガリと削られた心を癒すにはやはりお友達との何気ない会話が必要よね。
先ほどから痛い程の視線をマリーナ様から感じるけれど、見ない、知らないふりが一番いい。
彼女には関わりたくないもの。