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私は差し出された手を取りライアン殿下とダンスをする。
「リア嬢、今日のエスコートはニール・カルサル公爵子息なのか。この間の事はすまなかった。令嬢を途中で帰らせるなんて男としても最低だった。
兄上からも兄上の奥方からも厳しく叱られてしまった。リア嬢、もう一度私と会ってはくれないだろうか? 埋め合わせをしたい」
「ライアン殿下、私の事などお気に留めていただかなくても問題ありません。それに、先程私の婚約が決まりましたの。
生涯独身でいいと思っていましたが、ストンと決まるとは人生何があるか分からないですね。これからは婚約者もいる事ですし殿下と二人だけでお会いするのはご遠慮させていただきます」
「……もう遅いのだろうか?」
珍しく殿下が瞳を揺らしている。
「殿下にはサラ様がいるではありませんか。女はいつだって好きな人に自分だけを見て欲しいし、嫉妬も生まれるのです。
サラ様をはじめ、妃候補者方の好きな物を知っていますか? 私が好きなのは昼寝です。お茶会も舞踏会も、宝石もお花も着飾る事も興味がないのです。怠惰な性格です。根っからの怠惰な令嬢は王子妃には向かないでしょう。……ダンスが終わってしまいましたね。では、失礼します」
「……」
ニコリと微笑み礼をしてからニール様の所に向かうと、ニール様は当てつけるように私の腰に手を回し、しっかりと抱き寄せた。
ライアン殿下はすぐに令嬢達に囲まれ、笑顔で応えていたし、心配する事はなさそうね。
「リアがライアン殿下を見つめている姿を見ると妬けてしまうな」
「ニール様は案外嫉妬深いのですね」
「ああ。自覚するくらいには。リア、疲れただろう? バルコニーに出ようか」
私とニール様はバルコニーへと出て夜風に当たる。バルコニーからの景色は月の光に照らされた庭はとても幻想的だった。
「昼の庭も花々が美しいですが、夜の庭も魅力的ですね」
「そうだね」
ニール様はエスコートの手を離し、私の前で跪いた。
「ニ、ニール様?」
「リア、私は君からの熱烈なプロポーズに嬉しくて舞い上がってしまった。だが、私からもどうか求婚させて欲しい。私は生涯貴方一人を愛し続けます。私の女神。受け取って下さい」
ニール様はポケットから小さな箱を取り出して開き、大きな宝石の付いた指輪を差し出した。
……嬉しくて涙が出そう。
でも、伝えなければ。
震える声でニール様に告げた。
「ニール様、とても嬉しいです。でも、私の過去を知ればニール様は私のことを嫌いになるかも知れないです」
「過去? 二年も一緒にいて私の知らないリアの過去とは? 十四歳より過去の事ですか?」
ニール様はいまいちよく分からずにいる様子で聞いてきた。当たり前よね。私とニール様を囲むように防音結界を張った。
「ニール様、これは私の家族しか知らない事なのです。……私は、私の名はリディス・サルタン。詳しく言うと、前世での名前ですが。私は十四歳の時に魔力暴走に巻き込まれて過去を思い出したと同時に光属性が使えるようになったのです」
そして詳しくリディスの過去を話した。
ニール様は表情を変えずに全てを聞いていたわ。過去の自分は苦しくて辛くて生きる事を自ら手放した。
今は優しい家族や従者達に囲まれて幸せを知った。けれど、痛めつけられた恋心は未だ怖いと訴える。
「また、人を愛したら裏切られるのでは無いかと、怖くなるのです。また、傷付けられるのではないかと……」
気づけば頬を伝う涙。
ニール様は最後まで私が言い終わる前にギュッと私を包み込んだ。
「ニール様。それでも、私を受け入れてくれるなら、どうか私と結婚して下さい」
「私はあの男とは違う。リアだけを大切にする」
そうして持っていた指輪を私にはめ、ニール様はそっと口づけをする。
「普段のリアもこうして着飾ったリアも、涙を浮かべるリアも他の男の視界に入れたくない。挨拶もダンスも終わった。帰ろうか。リアはもう少し舞踏会に居たいかい?」
「いえ、私は帰りたいです」
「では帰ろう。愛おしい婚約者殿」
ニール様はそっと腰を抱き、エスコートしてホールに向かった。ホールではお父様とお母様が他の方とお話していて私達を見つけると手招きしている。
私達はお父様達に帰ると告げようとした時、私達を囲むように人が集まってきた。
普段から舞踏会に参加しないツケがここにきたの!?
私はニール様と離れないようにしながら挨拶していく。お茶会の誘いが多数あったけれど、私達は王宮魔導師として日々魔物討伐に出ているため参加は難しいと話すと引き下がってくれたわ。
治療して欲しいという要望も困るのだが、第二夫人ならぬ第二夫、第三夫や妾はどうかと聞かれる。
その誘いはニール様も同様に優秀な魔導師の血筋が欲しいと私が目の前にいるにも拘らず堂々と話す人もいる。
私は和やかに微笑みながら心の闇手帳に名前を書き加えておくわ。
ある程度の挨拶を終えたので私達は早々に邸へと帰宅した。
「ではリア、また明日。私達はあまり舞踏会に参加しなくて良いとはいえ、次回の王家主催の舞踏会がある。婚約のお披露目も兼ねているため参加することになるが、ドレスも用意してあるから心配しなくていい。結婚式が待ち遠しいな。ではお休み」
ニール様はそう言って玄関まで送り届けてくれ、額にキスをし、馬車で帰っていった。
部屋で今日あった事を思い出し、私は顔を真っ赤にしながらメイジーにドレスを脱がせてもらう。
そういえば次回は王家主催の舞踏会、高位貴族だけが集まる舞踏会だった。




