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私が出勤すると、カルサル師団長から『今日はこのままモーラ医務官の所へ行くように』と指示が出た。
騎士団棟は入口から既にお酒の臭いが充満している。昨日の祝賀会の参加者は軒並みぐったりとしていて、どうやら飲み過ぎた人が続出したようだ。
私は食事にもあり付けなかったというのに。
解せぬ。
医務室ではやはり頭痛薬を求めて騎士達が溢れていた。モーラ医務官はやれやれと言いながら薬を渡しているわ。
「おはようございます。モーラ医務官、リア・ノーツ只今参りました」
助かったよと言わんばかりにモーラ医務官は迎え入れてくれる。
私は早速治療を始めると騎士達からは女神様だーって声は聞こえてくるけれど無視をする。どんどん治療を進めて気付けばお昼が過ぎていたようだ。
「リア君、そろそろ休憩にしよう」
「はい」
私はモーラ医務官と一緒に食堂へ向かった。やはり食堂は昼食の時間を過ぎたせいか人はまばらに座っており、私達同様に食事が遅くなった人や休憩に来た人達が来ているようだ。
「あ、リアちゃん! 隣、いいかな?」
声を掛けてきたのはアベル・サウラン副団長だった。
「お久しぶりです。サウラン副団長。今日は遅いお昼なのですね」
「そうなんだ。昨日の祝賀会でみんな飲み過ぎて使えないから仕事の開始時間を遅らせたせいでこの通りさ。
それにしてもリアちゃん、スタンピードでの活躍は凄かったよ。後方から支援してくれるリアちゃんに勇気づけられたし、僕達とっても助かった」
「ありがとうございます。ですが、まだまだ修行が足りず猛省中です。騎士の方々が水も滴るいい男になってしまいましたし」
サウラン副団長は満面の笑みを浮かべ私の手を取ろうとしてモーラ医務官に叱られる。
「こらっ、アベル! リア君に触るでない。穢れるではないか」
「えー。モーラ医務官、穢れるってなんだよー。俺、魔物じゃないよ。ね? リアちゃん」
「まぁ、魔物では無いですね」
「リアちゃん、これから休みに入るんだよね? 俺とデートしてよ。まだ婚約者もいないんでしょ?」
わんこの尻尾がブンブンと振られるような錯覚。サウラン副団長ってわんこの生まれ変わりだったのではないかしら。
「お誘いありがとうございます。でも、ごめんなさい。生憎と休みは当分の間予定が詰まっていて」
耳と尻尾が見えるわ! ショボンとしている! でも断れない物以外は断りたい。サウラン副団長と夫婦になる想像をするときっと絵に描いたような家庭になるのかなぁ。
まさかこんな感じで誰にでも気安く声を掛けているのかも。
幸せな家庭が欲しい! と意気込んではいるけれど、きっと私はあの記憶や経験で恋する心が擦り切れ臆病になっているのだと自分でも思う。
最近は特に見目麗しい方々を見ても素敵だと思うけれど、それ以上どうこうなりたいという想いは不思議と全く起きない。
「じゃあ、また今度デートしてね!」
「分かりました。機会があれば」
するとサウラン副団長は機嫌が戻り、笑顔で騎士団棟に戻って行った。モーラ医務官はやれやれと言いながら一緒に食事を摂り、午後の診察に取り掛かった。
モーラ医務官から見たサウラン副団長は女性に対して不誠実な男なのだとか。剣の実力は折り紙付きだが、可愛いと思った女性には誰彼構わず声を掛けているんだとか。この間は王宮の侍女に声を掛けていたらしい。
父親的な立場からはやはり不合格なのだろう。
翌日は次の日からの休みのため、カルサル師団長の書類整理を頑張っていた。休み明けに書類の山が出来ていないと願いたい。
「リア君、明後日は楽しみですね。リア君も他に見たいものがあれば考えておいて下さい」
「分かりました」
カルサル師団長の頭の中は既にドラゴンで溢れていますよね。
ええ、分かっていますとも!