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目を開けると、そこには私を覗く顔があった。
私は死ねなかった?
「リア様が目を覚まされました!」
身体が鉛のように重い。あの時、出血が酷かったせいね。私がナイフで胸を刺した時の記憶を思い出している間にメイジーが誰かを呼びに部屋を出て行く。
あれ、メイジー?
メイジーは、私の侍女……?
周りに視線を向けて見回していると、これまでの記憶がどっと流れ込んできた。
リア・ノーツ。それが今の私の名前で現在十四歳、家族は父の名はアイン、母はマーガレット。兄のディルク。ここはノーツ侯爵家の私の部屋で先ほど部屋を出て行ったのは侍女のメイジーだ。
家族に愛されて育った私には今のところ婚約者はいない。
私は夢を見ていた?
でも、あれほどはっきりとした夢をみることなんてあり得るかしら。
生まれる前の記憶、なのかもしれない。
神様、何故、今更思い出させたのですか。
自殺した私への戒めなのでしょうか。
あの頃は苦しくて、毎日が辛かった。
養父も養母も私を政治の道具として扱い、見栄のためだけに私を連れ歩いた。勉強が出来なければ食事が抜かれることもあったし、どうせすぐ治るのだからと暴力も厭わなかった。
そんな中、婚約者がローレンツ様と決まった時はとても嬉しかったの。公爵子息だった彼は見目美しく、優しくて紳士で私はすぐにローレンツ様のことが好きになった。
彼の横に並べる存在になりたいと必死に努力してきたの。
でも、それは私に対して仮面を被っていただけだった。婚約者のローレンツ様は裏で女を作り、挙げ句の果てには挙式のひと月前に真実の愛を見つけた、子供も出来たと告げてきた。
彼はギリギリまで子が出来たことを私に隠し、婚姻を進めていたの。
義両親も公爵家からの豊富な資金援助を求める代わりに養女の私を嫁がせることが目的だったため、彼らに苦情を言うこともなかった。養女の私には拒否権も無く、絶望の中結婚式をしたのだ。
それにしても……。
アイラという女は最悪だったわ。彼女は『私達は愛し合っているから別れて』とご丁寧に伯爵家に乗り込んできたこともあった。私が何も知らないとでも思っていたのかしら。
彼女は学生の頃から身持ちが悪いと有名だった。彼に内緒で直前まで子爵子息と会っていたという話も耳にしていたわ。
あの時、私はローレンツ様に彼女に気を付けるように言おうとしたけれど、ローレンツは彼女に夢中で私の話に聞く耳をもっていなかったし、『真実の愛』を告げて以降、婚姻式直前まで私に会いに来ることはなかった。
過去の私、リディスは幼い頃に光魔法が使えるという理由で親から引き離され、誰からも愛を向けられず、婚約破棄も出来ず、逃げる事も出来なくて苦しくて死を選んだ。
今生、家族や友達に愛されている今なら解るわ。
あの人達って本当に最悪!
ついつい言葉が下品になってしまったわ。
そして、記憶を思い出し気づいたのだが、公爵家や伯爵家、家名や貴族の名が全て符合している。
もしかして私が死んでからそれほど経っていないのかもしれない。
あの人達は今頃どうしているのかしら?
後で確認してみることにするわ。
それにしても、私の身体。何故こんなに怠いの?
過去の事を振り返りながらボーッと天井を眺めていると、勢いよく扉が開かれ、部屋に飛び込むように家族が入ってくる。
「リア、目を覚ましたのか!? 良かった。顔をよく見せておくれ」
「お、父様。私、何故、こんなに身体が重いの?」
「それはお茶会に来ていた侯爵子息の魔力暴走に巻き込まれたからだ。背後で起きたから防げなかったんだ。半月近く目を覚まさなかったんだぞ」
「そうなのですね」
母は安堵し、涙を拭っている。
背後から魔力暴走の衝撃を受ければ大怪我をして当然よね。確かに最後の記憶はお茶会で友人達と楽しく会話している時に真後ろの席で令息同士、何か言い合いをしていた。
大きな声がして振り返ろうと思った時に衝撃を受けたような気もする。
魔力暴走というようにこの世界には魔法がある。水など五つの属性が存在し、王族は勿論の事、貴族も魔法は使えるし、魔力も多い。
平民も少ないながら魔力を持っているわ。
そして大体は一人一属性が多く、複数の属性を持つ者は優遇される傾向にある。
各属性は偏りなくいるのだが、光属性だけは数が少ないため、貴族の財力を誇示するために光属性を持つ人間を囲うことが多かった。
前の生の私もそうだ。光属性を持つ私リディアが幼い頃、準男爵だった父さんにサルタン伯爵は強引に迫った。
父さんは泣く泣く私を手放す事となり、私は伯爵家の養子となった。準男爵家に居た頃は幸せだったような記憶が残っている。
養子先の伯爵家では私は政争の道具として教育され、覚えが悪いと叩く、鞭で打たれる、食事抜きは日常茶飯事で幸せを感じたことはなかったわ。
現在の私、リア・ノーツの魔法は水属性。おおよそ属性は家族や一族で同じ属性を有していることが多いが、光属性だけは魂と紐付けされているという噂で生まれてみなければ分からない。
過去の記憶を思い出した私は今なら光属性の魔法が使えるかもしれない。
なんとなくだけれど、使える予感がする。大怪我を負っていても治療魔法を使えば回復できる。
私は家族の心配をよそに、過去の記憶を思い出すように目を閉じて魔力循環をはじめた。
大丈夫、問題なく循環出来ているわ。
やはりこの感じ、懐かしい。
私が『ヒール』と呟くと全身に淡い光が灯った。
「リア!!? 今のは、もしかして」
家族が目を見開き驚いているわ。ベッドからゆっくりと身体を起こし、答える。
「お父様、生まれる前の記憶を思い出しました。そして光魔法を使える事も」