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― 王宮魔導師試験日当日。
この日ばかりは父と兄と一緒に馬車に乗り込み、王宮の入口に到着した。
朝から母は『忘れ物はない? 髪の毛の乱れは心の乱れ。準備は大丈夫? 精一杯頑張ってくるのよ!!』と私以上に張り切っていた。
反対に父はオロオロしていて、兄は『俺が付いているからな』って何度も声を掛けてくる。余程心配なのね。
父は王宮に着くと、不安だと溢しながら仕事場へと向かった。兄は私を試験となる部屋へ連れて行ってくれて部屋の外で待機するみたい。今日は殿下の側に居なくてよい日なのだとか。
私が緊張しながら試験官が来るのを待っていると、部屋に入ってきたのは王宮魔導師第一師団団長のカルサル様だった。
若くして師団長を務め上げる実力者だ。
以前、王宮の行事で遠目からみた時は整えられてように思うが、髪の毛はボサボサで顔がよく見えない。これがカルサル様の普段の姿なのかもしれない。
「私の名はニール・カルサルです。宜しく。君がリア・ノーツですね。侯爵令嬢が魔導師志望とは珍しい。今から試験を行います。まずは筆記試験。その後は実技試験となっています。では始めましょう」
私は渡された問題を丁寧に解いていく。落ち着いてやれば問題はなさそう。
学院三年生の卒業時の範囲+αという感じかしら。一応全ての問題を解く事は出来たと思う。
答案用紙をカルサル師団長に渡すと、次に実技試験の為に訓練所へと連れていかれた。
訓練所では騎士団の団長や副団長をはじめ、騎士達が訓練していてその一角で試験をするみたい。
騎士達がチラチラと私を見ている気がする。
「リア君、君の得意属性は光と水と聞いています。まずは水属性の魔法を使い、私に向かい攻撃を。実践形式で水魔法をどれくらい使いこなしているのか見てみます」
「分かりました」
……ついにきたわ。
水魔法のへっぽこ具合がバレる日が!
学院の一年生の私はまだ初級魔法しか使えない。知識としては上級まではあるが、今は学院から許可が出ている初級魔法『アクアショット』を打つのみだ。
我ながらへっぽこ具合がひどい。全て師団長の防御壁に遮られる。
「他の種類は撃たないのか?」
「カルサル師団長、申し訳ありません。私、水魔法を練習し始めたばかりで使って良いと許可された魔法はアクアショットのみなのです。ですが、光魔法は上級まで使えます」
「分かりました。では光魔法を見せて貰うとしましょう。そこの騎士団副団長。気になっているんでしょう? こちらへどうぞ」
呼ばれるのを待っていたかのように副団長はこちらへ駆けてくる。
「待ってたぞ! 絶対俺が呼ばれると思っていた!」
がっちりとした体格の副団長を見る限りどこも怪我をしているようには見えない。
「リア君、彼はこの間、魔物討伐で背中を怪我しています。どの程度の治癒が出来るのかを見せて貰いたい」
「分かりました。副団長様、背中の怪我を見せて貰って構いませんか?」
「おう! 俺の裸が見たいとは嬉しいな!」
副団長は勢いよく制服を脱ぎ、鍛え抜かれた身体を私に見せて後ろを向いた。
筋肉が付き均整のとれた体だが、背中の大きく爪で引き裂かれた傷は塞がったばかりのようで痛々しく見える。
考えてみれば前世で治療して以降、男の人の裸を見たことがなかったわ。
私は恥ずかしくなり顔が赤くなるが、『これは治療だ!』と自分に言い聞かせて、そっと副団長の傷口に手を当てて魔力を流しはじめる。
やはり一番の大きな傷は背中だけれど、至る所に小さな傷や怪我の痕がある。
前世では平民と変わらない魔力しか無くてできない事も多かったけれど、今世は貴族特有の豊富な魔力で全ての光魔法を使いこなす事ができる。
私はそのまま『ヒール』と唱える。すると副団長の全身は淡く光り、背中だけでなく全身の傷を癒す。
「痛くないぞ! おい、ニール! 古傷も治っているぞ! この令嬢、騎士団にくれ! 頼むー」
喜ぶ副団長をよそにカルサル師団長は面倒くさそうな顔をしながら言葉を返している。
「今は試験中です。傷を癒す事は確認できました。副団長お手伝いありがとうございました。さぁ、持ち場へ戻って下さい」
副団長を追い出しにかかっている。カルサル師団長と仲が良いのね。副団長はぶつくさ文句を言いながら持ち場へと帰って行った。
「さて、リア君。光魔法は治癒以外にも魔法がありますね。上級魔法の一つ結界は作れますか?」
「はい」
「では、自分で結界を維持できる限界の広さの結界を張って下さい」
「分かりました」
私は魔力を調整しながら『結界』を唱えた。前世なら人ひとりが入れる程のスペースしか作れなかったが、今は訓練所を囲う程の結界を作る事が出来た。我ながら凄い。自画自賛よね。
これにはカルサル師団長も納得してくれている様子だ。
「リア君、この結界はどれくらい保ちますか?」
「この広さだと三時間程度でしょうか。範囲を狭めればもっと保つと思います」
「試験は以上です。結界を解いて下さい。後日、試験の結果は侯爵家へ連絡を入れます。後はゆっくり結果が出るまで待機していて下さい」
カルサル師団長はそう言い残すと、すぐにその場を去っていった。
残された私はどう帰れば良いか分からず、困惑していると、兄が後ろで声を掛けてくれたので無事に帰れた。今日は兄が傍にいてくれていたことを忘れていたわ。
「お兄様、私は受かるでしょうか?」
「どうだろう。リアはまだまだ水魔法の訓練が必要だが光魔法は完璧だった。学院の一年生にしたら充分凄い事だ」
私は試験の出来を振り返り、もっと水魔法の練習を頑張ろうと固く心に誓った。




