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短編集・散文集

ひとりきり

作者: Berthe

結月ゆづき庸介ようすけ

 目が覚めて、隣に腕をのばすと庸介はいなかった。


 昨夜のうちから早めに出ると知ってはいたものの、さすがに声を掛けてくれると思っていたから悲しかった。気づけない自分がつくづく情けなくて、ただただ寂しくて、結月は毛布をかきいだきながら、もういちど眠りの訪れを待とうとすーっとベッドの匂いを吸い込むと、彼のだか自分のだかわからない柔らかな香りにほだされた。そのまま夢へとひとすじに進みかけて、目があいた。


 左手を天井へのばして小さく叫び、おもむろに立ち上がる。台所へ行き、蛇口からグラスへ水を注いでゆっくり空けると、洗面台のコップのなかで彼のと隣り合った歯ブラシを手にして歯磨き粉をていねいに毛先へ載せ、さてそれを口に挿しながら部屋への一歩を踏みいれたと思うと、結月はひらりと踵を返して、トイレに入り鍵をかけた。彼女はすぐに出てくると、歯ブラシを口へ挿したままベッドに横座りになって、片手でせっせと歯を磨きながら片手は毛布をなでた。


 口をゆすぎ、ふたたび毛布にもぐり込むと、こんどはたちまち瞼が閉じた。ふっと目覚めると、頭が重い。二度寝がいけなかった。いつだってこうなのに、その場になるといつも忘れて、痛くなって後悔する。笑おうにも笑えなかった。そのまま寝床でぐずぐずするうち彼を思い出して、寂しくなった。せっかくの休みなのに、ほかに用事があるといって、昨日の夜から今朝にかけてだけ空けてもらったのだけど、ほんとうはもっとずっと一緒にいたい。時間を見ると、もう昼をだいぶ過ぎている。彼女はつと起き上がった。


 クローゼットに着くと、横髪に手櫛をあてながら、ずらっと並んだシックな色合いの洋服から彼を深く吸い込むうちすぐに頭の痛みはどこへやら、心も落ち着くと、彼がよく着ている黒のブルゾンを目ざとく抜きだして、これまた彼に借りた、けれど彼にはもう小さなグレーのTシャツのうえから羽織った。カーテンをあけて、窓脇の姿見に映すと、細身なはずの庸介の服も自分にとってはやっぱり大きくて、Tシャツからそっとのぞいた下着がブルゾンにすっぽり隠れている。


 そこから伸びる足はほっそり白かった。すんなりした膝が自分ながら好きだった。でも長さが足りないな、そうつぶやくと、両手をポケットに突っ込みざまくるりと反転してつま先立ちになり、反り身に振りむいて、鏡を見つめる。これくらい欲しい。これならモデルの人とも変わらないのに、と、なかば目を閉じながら姿勢をもどすと姿見のまえにぺたりと座り、昨日そこに置きっぱなしにしていた櫛を手にして、起き抜けにしては乱れの穏やかな髪をとかしていると、いきなりチャイムが鳴った。


 結月はびくっと音するほうへ目を注ぎ、すぐさま顔をもどすとまた鳴り響く。でもここは彼の部屋だから、自分が玄関に出る必要はないのだし。そう小さくとなえるうちにもチャイムは重なった。彼女はなおも髪をとかしながら静かに立ちあがると着の身着のまま、そうっとつま先立ちで道をたどるうち、ドアの向こうがぴたっと止んだようなので、かかとをつけて足を踏み出すやすぐに、ピンポーン!


 たちまち胸が早鐘を打つのを聞きながら、なにかに惹きつけられ早足になる。結月は腕をのばして、扉にてのひらをそっと添えた。覗き窓に目をつける。彼女はドアを開けた。瞳がぱあっと華やいだのち潤み、袖をつかんで男をなかへ引き入れると、思うさま頬をすり寄せ、胸をかきいだく手はそのまますっと鍵をかけた。

読んでいただきありがとうございました。

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