騎士団長ズンダーのこと
ある意味、番外編のような……。
聖カリント王国の騎士団長は、武の実力だけでなく、人望があるなど人格も加味されて選ばれる。集団を統べるのだから当然ではあるが、ズンダー・モーティーはその団長に35歳で就任した。副団長からの昇格という形だが、彼を非常に買っていた当時の団長が「彼ならば」と早々に座を譲ったのだ。
それほどの人間が独身のままであることを不思議がる者は、ごろごろ居る。決してモテないわけではないし、10代・20代の頃は、それなりに遊んでもいた。ただ、結婚まで結びつく決定的なものがなかったのは、異動で1、2年ごとに国内を巡っていたせいかもしれない。どうしても、この女性でなければという出会いも無かった。そして、家は長男である兄ボッターが継いでいることもあり、年を重ねるとともに拘りも焦りも影をひそめ、仕事に邁進するようになっていった。
そんな時、聖女として召喚された異世界の女性である花乃子の出現は、思いがけず心を波立たせた。それは心地の良いもので、喜怒のハッキリした花乃子のクルクル変わる表情や、国王や宰相に物怖じすることなく説教す……話す姿、そして深い知性に基づいて与えられた情報を処理する頭の良さ、一方で自分のために働く人たちに対して見せる思いやりや、細やかな心遣いに惹かれた。
最初にぶつけられた怒りで、すっかり腰が引けてしまった国王や王太子、それに宰相には未だに「どこが良いのか」と思われているようだが、その後、何かと花乃子と接することの多かった筆頭魔術師は理解を示したし、花乃子の美容と健康に関する実践的な知識にすっかり虜になった女性陣からは、応援されるようになった。その中には、母方の従妹である王妃も含まれている。
が、思わぬ難敵が居た。言うに及ばず、花乃子本人である。
とにかく、ニブイのである。自分が異性に好かれるとは、これっぽっちも思っていないようで、侍女たちからズンダーのことを言われても、完全に聞き流していた。それならばとエスコートを買って出ても、「忙しいところ、申し訳ない」と恐縮はするが、それ以上の意味は感じていないようだった……ズンダーが指先に口付けるという、具体的な行動に出るまでは。
そのくせ、若者の恋の応援はしていて、自分付きの侍女と若手魔術師の間を取り持つため、普段は聖女と呼ばれることを嫌がるのに、侍女の父親に若手魔術師のことを「筆頭の覚えもめでたく、聖女である自分も信頼している」と慈愛の笑みを浮かべて売り込んでいた。おかげで、若い二人は滞りなく婚約を交わし、順調に結婚に向かっている。
侍女たちによると、花乃子は基本的に「面倒見が良い」のだという。侍女として仕える分には楽だし、寧ろ、花乃子自身が有能な侍女になれると太鼓判を押している。また、若手魔術師が口を滑らせたところによると「上司になってほしいタイプ」だそうだ。それを聞いて、現実の上司であるヨウ・カーンの性格を思い浮かべ無理もないと思いつつも、告げ口は余計なお世話だろうと口を噤んでおいた。
ただ、花乃子が仕事人間であることは否めないな、とも思った。ズンダー自身も同じなので、その辺りも親近感が増す。
と、聖女についての調査が終わった後、花乃子の顔色があまり良くない。侍女たちは、精力的に調べ物をしていたので疲れが溜まっているのではと話していたが、ヨウから花乃子が元の世界に戻るのはほぼ不可能であると彼女自身が見出したことを聞き、ズンダーは複雑な気持ちになった。
戻れないことで、辛い思いを抱えているのだろうことは察せられる。無理もないと思いつつ、こちらの世界で幸せにしたいとも思う。従妹である王妃にも「あなたが幸せにしてあげて」と、ハッパを掛けられてしまった。
「だが、幸福は他人が与えられるものではない……」
幸い、花乃子は好奇心が強い。聖女や、その召喚魔術について調べたのもそうだが、この国のいろいろなものを見せたら、興味を持つものもあるだろう。実際、王妃との茶会の後、王宮にある見張りの塔に連れて行き(職権の濫用ともいう)、王都の街並みや周りの森や山を見せると少し顔色が良くなった。これまでずっと、王宮の中だけで過ごしていたが、外へ連れ出せば気分も変わるだろう。
それには侍女たちの協力を仰がねばなるまいと、これまでも何かと応援してくれていた花乃子付きの侍女に彼女の好みについて尋ねてみると、動物好き、子ども好き、植物にも興味あり、食べることや料理にも……といろいろ教えてくれ、さまざまなデートプランまで考えてくれた。そして、どこに行くか決まったら、それに合わせたドレスを作るので、必ず教えてほしいと釘を刺された。
侍女としての職業意識からは、ちょっと逸脱している気がするが、毎回、花乃子に似合うものが作られるので、楽しみでもある。
そして、また「似合っている」と指に口付けたら、今度も真っ赤になるだろうか……。あの時の花乃子はかわいかったと、ついにやけてしまうズンダーだった。
今シーズン、早々と風邪を引きました。なかなか情けないです。